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2015年6月2日

高倉健と菅原文太

向坂勝之

筆者芸能ネタは此処には相応しくないと言われそうだが、高倉健と菅原文太が同じ11月に亡くなった。

2人の最盛期は少しズレていたが、満年齢でちょうど2歳半の違い、同じ月にこの順番でなくなったのが私には絶妙なことに思われるのである。

高倉健の訃報にも真っ先に思い出したのは鶴田浩二であったが、続く菅原文太の訃報に、この3人が戦後のやくざ映画を作り、それぞれにまったく違うアウト・ローを演じ分けていたことを興味深く思い返した。

といっても私は、やくざ映画にそれほど入れ揚げていたわけではない。高倉健で最初に記憶しているのは映画『飢餓海峡』で演じた若い刑事役で、菅原文太もTVドラマ『北の国から』に出演した時の、「誠意って何かね?」という名セリフが印象深い。2人の役者を較べてみると大変に面白い。

菅原文太は『トラック野郎』シリーズで大型トラックのゴテゴテの飾りを流行らせたが(「デコトラ」というらしい)、あの美意識は青森の「ねぶた」や秋田の「なまはげ」などに共通する、東北縄文文化圏のエネルギーを象徴するものだ。縄文人は四方から日本列島にやってきて混血により形成された「原日本人」だが、どちらかといえば南方系が強いとされる。今でもタイやフィリッピンなど東南アジアでは、自動車を過剰装飾で飾り立てることが流行っているようだが、あれも縄文文化のルーツのひとつと考えれば納得できる。

そして菅原文太は、その東北の仙台出身。

方や北九州出身の高倉健が演じたのは、無口で過剰表現を慎む男。

北九州、山口は北アジア由来と思われる弥生文化の上陸地である。古墳から出土する土師器やシンプルな萩焼と縄文の火炎土器の装飾に較べれば、両者の違いは明らかである。大和朝廷を構成した大豪族の多くは大陸系と考えられるから、その後の日本文化は弥生系が主流になった。朝鮮伝来の茶碗を珍重する茶道などはそのひとつである。

鶴田浩二 鶴田浩二 菅原文太高倉 健 鶴田浩二菅原文太

しかし弥生系ばかりが日本文化ではなく、青森出身の棟方志功は当然としても、岡本太郎も縄文文化に強い憧れを持っていた。戦前から大きな影響力を持つ柳宗悦の「民芸運動」も、朝鮮美術と並んで民衆的な縄文系の美を高く評価していたはずだ。戦前にブルーノ・タウトが、日光東照宮の過剰装飾と対比して桂離宮の簡素さを絶賛し、それが我々の評価も決めてしまったようだが、奇しくも日光は東北地方の入口に位置している。

縄文人と弥生人は、英国(ブリテン諸島)におけるケルト人(スコットランド、アイルランド、ウェールズ人)とアングロサクソン(イングランド人)との関係に重なる。以前からケルト人の住む地に、欧州から新しい文化をもつアングロサクソンがやってきて、ケルト人は辺境に追い遣られた。日本でも縄文人は東北と南九州に追われた。しかし気候温暖で自然の許容量が大きかった日本では、7世紀後半に大和朝廷の支配が九州から関東にまで及ぶはるか以前から、両者の混血が始まっている。英国の場合は本格的な混血が始まったのは最近の僅か数世紀のことのようだ。

それでも征服民族が被征服民族を虐げるという歴史には、共通なものがあった。

東北地方は阿弖流為(アテルイ)の昔まで遡らなくても、明治以後も「賊軍」という理由で痛めつけられた。日本列島の西南の端に追われていた縄文系の沖縄が、「琉球処分」によって王国を潰されたのも明治以後の話。今も福島は原発事故の後遺症に苦しみ、沖縄は日本の米軍基地の70%以上を押し付けられて、経済的に自立出来ない。スコットランドの独立運動は他人事ではない。

「縄文時代には戦争がなかった」という説を、以前に聞いたことがある。

狩猟採集を生業とする時代には人々はたゞ自然の恵みを受けるだけなので、人口は無闇には増えない。しかし牧畜や農耕が始まると食糧増産が可能になり、人口が増加し、土地をめぐって戦争が起ったというわけである。現在では「縄文=狩猟採集」「弥生=水田耕作」という図式も疑問視されているので、学説も見直されているかも知れない。だが縄文文化を残す琉球が軍備を持たなかったというのは、興味ある符合ではないか?

高倉は個人としては結構話し好きで、ユーモアも解したが、カメラの前では寡黙を装おうという二重性があった。時と場所によって人格を演じ分けるのは高度な(複雑な)人間にしか出来ない。一方の菅原は役者と個人にあまり違いが見られなかった。しかし菅原の晩年の発言には極めて高い知性を感じさせるものがあり、その点では明らかに菅原の方が上であった。

役者らしさ、藝人らしさという点では鶴田、高倉、菅原という、年齢順のまゝであった。(実は鶴田浩二については、もっと話したいことがあるのだが……)

高倉健と菅原文太の2人は、西日本と東北、弥生と縄文という、今も日本を二分する文化を象徴する役者だったと言えば、大袈裟な話になろうか。優劣や好き嫌いではなく両者の違いが、とかく単調で画一的と見られがちな日本人のふたつのタイプを代表しているようで、興味が尽きないのである。マーク

むこうさか かつゆき ディレクトフォース会員(No671) 元新日本製鐵

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