(2012年12月26日 掲載)

DF監査役部会第8クール    第3回研修会

講師

監査役部会第8クール第3回研修会が、次のとおり開催されました。

  • 開催日時:2012年12月12日(水)15:00〜17:00
  • 場  所:学士会館
  • テ ー マ:「リスクマネジメントと監査役」
       グローバルレベルで求められるリスクマネジメントとは?  
  • 講  師:TMI総合法律事務所 弁護士 絹川 健一 氏(写真右)
  • 参加人員:約50名

【講演要旨】

英国に拠点を置く日本の企業に対して、コンプライアンスをどのような視点で求められるのか、英国の贈収賄法を対策の題材にして、Risk Based Approach の観点から最近の具体例、企業からの具体的な相談事例を交えて、グローバル基準でのコンプライアアンスの考え方、グローバルレベルでのコンプライアンスの策定およびその考え方についてのお話を伺うことができました。「あってはならないこと」で思考停止しないで、起こることを前提にそのリスクを最小化することを考えるべきであるという点が印象的でした。

【講演概要】

1.リスク・ベース・アプローチ(Risk Based Approach)とは何か

ある組織において、ある不祥事それも事業の核心部分に影響を与えるような、かなり深刻な不祥事が発生してしまった」場合に企業としてとりうる対応には、一般的には次の3つのオプションが考えられる。①放置、隠蔽する―これは絶対不可、しかし未だにあとを絶たない。②当該事件について調査、再発防止策を作成し公表する。この対応をすることは大変だが Risk Based Approachはこのような考え方でもない。③組織の問題について「第三者委員会」などを設置するなど横断的に調査、改善策を策定、公表する。これは Risk Based Approach の考え方に近い部分もあるが、本質的には異なる。

Risk Based Approach の具体的な内容は、ⅰ組織のリスクを査定(Risk Assessment)し、ⅱ 各組織の持つ固有のリスクを特定(Risk Identification)し、ⅲ 固有リスクに応じて各種コンプライアンス・研修プログラム等を見直(Review)し、ⅳ その時点におけるリスクを最小化する(Risk Mitigation)。以上のⅰ〜ⅳを定期的に繰り返すことに加えて、さらに ①〜 ③の対処策との違いは、具体的な不祥事が何も発生していない段階で、こうした予防方策を採ることが求められることである。しかも、社長などの組織のトップが関与することが不可欠とされている。

2.リスク・ベース・アプローチに対する反応

一方で Risk Based Approach に対して次のような様々な反応がある。①問題が発生していない段階でそこまでやる必要はないなどの反対論 ②総論としてはわかったが、今後の検討課題ということにしようなどの先送り ③特にトップの関与がない場合に「何を若造が、営業の苦労も知らずにえらそうに言うな」等との反発などがあるのも事実である。

3.英国の贈収賄法と企業の刑事責任    ケース・スタディ   

ケース・スタディとして、英国の贈収賄法と企業の刑事責任について考えてみたい。この法の特徴は、①個人の責任だけでなく、会社の刑事責任を規定している。②英国内だけでなく世界中で発生した贈賄行為を処罰対象としている。③対象は英国の公務員、英国以外の外国の公務員のほか、民間人など私人に対する贈賄も処罰の対象になる。④贈収賄の対象となるビジネスが英国と関係のないものであっても、英国に事業拠点があるだけで会社の刑事責任が発生する。⑤企業が贈賄を防止できなかったことにより刑事責任を問われた場合、企業に唯一許される防御方法として、贈賄防止のための「適切な手続きを実施」していたことを企業側が反証することを求めている。⑥個人は10年以下の禁固または罰金(上限がない)、法人は上限のない罰金、しかも公訴時効がないなど世界で最も厳しい法であるといわれている。

何をもって贈賄防止のための「適切な手続きを実施」というのか。Risk Based Approach を活用して各企業固有のリスクに応じて贈賄防止手続きを策定することが求められている。

4.贈収賄法をめぐって日系企業を悩ます典型的問題点

この法をめぐって、日系企業を悩ます典型的な問題点としては、①英国内に駐在事務所、支店、子会社が所在する場合に親会社に適用される可能性があるのかの検討 ②グループ全体としてリスクをどう捉えるか ③接待、贈答、販売促進経費などについてのマニュアル、ポリシーなどの社内規定をどう整備するか ④契約書のなかの贈賄防止条項をどう見直すか ⑤社内研修をどうするか。⑥プロジェクトによってはハイリスクのものがあり規定どおりに実施できないこともありうるが、これにどう対応するか ⑦決めたことが実際に守られているか、その実施状況の調査、監査をどうするか、などがあげられる。

5.日本企業から寄せられる質問とそれに対する対処策

  • 接待について    贈収賄とは、不正な行為を誘引することを意図し、もしくはその謝礼としてまたはそうした利益の受領自体が不正行為を構成することを認識しながら、当人に対し、利益を申し込みまたは供与することと定義されている。
    民間同士の接待については、相手方の不正な行為を誘引することを意図していたことを検察が立証しなければならないが、これは必ずしも容易ではない。
    外国公務員に対する贈収賄の成立は、一般の贈賄に比べると成立しやすい。要件としては ①当該公務員に影響を与える意図があること ②事業または利益を獲得・維持する意図があることとなっている。経済界からの意見を踏まえ、英当局は、Reasonable で Proportionate な接待は違法ではない、とのガイダンスを出している。
    手続き円滑化のための少額の支払い(Facilitation payment)については、社内規定で100%禁止することは簡単であるが、現実には難しいのではないかとの議論もある。英当局も簡単には解決できないと認識しているようである。規定に則れない場合でも、その結論に至った検討経緯を記録に残しておくべきである。
  • 親会社までこの法が適用されるのか    日本の企業が、英国外の国のプロジェクトで贈収賄があった場合に、この企業が英国に子会社・支店などの事業拠点がある場合には、この事業拠点はプロジェクトには一切関与がなくとも英国当局が捜査を開始し、親会社に刑事責任を問うことがある。この場合の「事業活動を行なっている者」に該当するかは裁判所の事実認定によるが、まだ判例はない。しかし、企業としてはリスクを広めに考えて対処策を考えた方がよい。
  • 他社との準備状況を比較考慮されるか    同業他社と同じレベルでの準備をしてきていると当局に弁明しても理由にならない。あくまで、会社が自社の関係者による贈賄行為を防止するための適切な手続きを実施していたことを証明しなければ反証にならないことに留意すべきである。
  • 一般的な贈賄防止システムのひな型はないのか    個別の贈賄が会社のために行なわれた場合には会社に刑事責任が発生するが、唯一の抗弁は、贈賄防止のための「適切な手続きを実施」の立証であるが、英国当局の見解としては、模範解答を示すものではない、個々の会社自身が考えるものであるとの見解である。
  • それでは具体的に何をすればいいのか    日本の会社のためのアクションプランとしては、①グループ会社のなかで、贈収賄補の適用対象となる部分を特定する。 ②会社の上層部に対して、この法を完全に説明し理解してもらう。 ③自社のために役務を提供している会社・個人を確定する。 ④会社グループ全体のビジネス上のリスク査定を実施する。 ⑤現在の会社の贈賄防止手続きが、英国贈収賄法に沿っているか見直す。⑥会社のポリシーと手続きを社員に伝達・研修 ⑦特にリスクの高い関係者にデューディリジェンスを実施する。 ⑧関係者との契約に、贈賄防止条項を導入する。 ⑨リスクの高い関係者に対する研修も実施する。⑩組織的なモニタリングと改善を継続的に実施していく。 ことが必要と考える。
  • 贈収賄とデューディリジェンス   
  • どの程度英国当局は本気でやってくるのか    英国では、摘発実績があり、摘発件数も増加傾向にある。2006年の巨額贈賄事件の捜査中止決定後、内外で批判を集め、贈収賄法の制定に至った経緯も踏まえ、警戒する必要あり。

6.グローバルレベルのコンプライアンスとは

会場の様子グローバルレベルのコンプライアンスは、多くのグローバル企業としてはグループ全体に適用されるルールを設けているのが一般である。しかし、贈賄対策は、さまざまな場所の法律が絡むので統一基準をたてるのは容易ではない。したがって、その時々でもっとも厳しい基準の国を柱にして策定することが合理的である。

グローバル基準でのコンプライアンスを考えるに当っては、治療よりも予防に重点をシフトすること、「あってはならないこと」で思考停止しないで、起こることを前提にしてリスクを最小化すること、その時々で実現可能な、合理的な手段を講じその過程を積み上げていくことなどが必要である。

以上