(12/11/14)
平成24年7月に原発比率が0%、15%、25〜30%の3通りのシナリオを内閣府の国家戦略室でまとめ、国民的議論をするという名目で全国10カ所で説明会を行い最後に東京で討論型世論調査なるものを行って結論を出そうとしたが結論をまとめることが出来ず9月14日に前古川国家戦略担当大臣がエネルギー環境戦略を発表した。
3原則
これらについては各方面から問題点を指摘されているが 、 先ず3原則の ⅰ と ⅲ を実行すると2030年頃には原発比率が15%位まで低下するが、依然稼働している原発があるにも関わらず、2030年代に原発稼働ゼロにするという目標は、3通りのシナリオの内0%シナリオなのか15%シナリオなのかはっきりしない。
これは民主党政権として原発稼働ゼロをどうしても言いたかった政治的思惑と原発ゼロを言って良いのかという歯止めの意見とのせめぎ合いの中でこのような表現になった。これでは戦略とは言えない。
更に9月8日決定の直前で殆ど内容が固まった段階で原発立地県である青森県への説明とアメリカに対する説明を行った。
青森県とアメリカは日本の原子力政策を語る上でキャスティングボートを握っていると言っても過言ではない最も重要なステークホルダーである。
この重要な相手に対して結論が出てから説明に行ったが両者とも了解するはずがない。
2030年代に原発をゼロにするということは、それまでは安全を確認したうえで稼働させるということだが、実際には現在殆ど稼働していない状態でこれから再稼働は出来そうもない。
再稼働の大前提が原子力規制委員会での審査だが、予定では今年の4月に委員会が発足することになっていたが国会で揉めて遅れ、更に田中委員長は国会の同意が必要なのに同意をまだ得ていないで活動しているという極めて変則的な状況である。同委員会は今回の過酷事故を想定した新安全基準を作成中で少なくとも30キロ圏まで原子力防災体制を拡大しようとしている。また活断層の評価の見直しが必要な施設が少なくとも6施設あり、大飯原発は現地調査が開始された。
このような状況で新安全基準は来年春以降になるだろう。原子力防災体制も30キロ圏内という非常に広い範囲の防災体制を組むことが出来るか、できなければ再稼働は出来ないことになる。従って来年の夏に稼働している原発は恐らく数基程度だろう。もしかすると一基も稼働していないかもしれない。(大飯原発も一年後には定期点検で停止するので)今や日本は事実上原発ゼロの状態になっている。
しかも幸か不幸か電力は足りている。関西は電力不足が起きると言われていたが結果的に計画停電をせずに足りてしまった。しかし関西では単なる節電だけでなく多くの企業で休日操業や自家発電設備の運転などいろいろ工面して凌いだ結果だ。北海道も今冬電力不足を懸念されたが何とか乗り切れる見通しだ。
今後電力会社は新火力発電所を建設し稼働させるし、節電経営が定着すると来年以降はもっと電力に余裕が生じ、原発を稼働させなくてもやっていける状況になる。従って安全基準と需給という面から考えると原発ゼロは可能ということになる。
しかし大きな問題は、原発の代わりに化石燃料を高いコストをかけて輸入することになりその燃料費は年間3兆円と言われている。企業にとっては高い燃料を買って自家発電を運転したり休日稼働による人件費増などを負担し更に電気料金もこれからどんどん高くなるので企業にとっては多大な負担となっている。
電力会社にとっても3兆円の燃料費アップはとてもリストラや人件費の圧縮では吸収できない。人件費は原価の10%程度だが、燃料費は原価の40〜50%を占めているので電気料金を上げざるを得ずこれは一般市民の家計にも大きな影響を及ぼす。
原発敷地内に貯まっている使用済み核燃料は既に17,000トンある。一方全国の原発にある核燃料貯蔵プールの容量は合計2万トンなのであと3,000トンしか余裕がない。
原発がフル稼働していると年間約1,000トン発生するので後3年で満杯になる計算だ。計画では冷却した後、青森の再処理工場に持ち込んで再処理することになっているがまだ再処理工場は稼働していないので青森にもどんどん溜まっていて3,000トンの貯蔵容量の約9割に達していると思われる。
従って現在原発は殆ど稼働していないがもし再稼働すると使用済み核燃料の保管の問題が発生する。
使用済み核燃料の処分方法には、① 再処理せずにそのまま処分する直接処分方式と、② 再処理をしてプルトニウムを取り出し残りの高レベル廃棄物を処分する再処理後処分方式があり、日本は ② の方式を採用してきた。
廃棄物の最終処分のための費用を電力会社は毎年約550億円ずつ拠出して原子力発電環境整備機構(NUMO)に積み立てており、2010年度には累積8830億円になっている。
2007年に高知県東洋町が最終処分場のための文献調査を受け入れると表明したところ住民の反対で町長のリコール問題に発展し断念した経緯がある。従って未だに国内に最終処分場を見つけることが出来ず中間貯蔵をしている状態で「トイレ無きマンション」と言われている。
現在は使用済み核燃料をプールに貯蔵しているが、大震災の時にプールの水が無くなったら大惨事を引き起こすので、震災時の対策としてプール貯蔵の代わりに乾式貯蔵(空冷式)に移行していかなければならないと考えている。
現在東電と日本原子力発電所が共同で青森県むつ市に3,000トンの空冷式中間貯蔵施設を建設中で2013年に事業開始の予定。この方式はプールで十分に冷却した後ステンレス容器に収納して空冷で貯蔵するもの。
「もんじゅ」は再処理で抽出したプルトニウムを燃やす高速増殖炉として開発されたが事故ばかり起して運転できないので開発を中止しろという意見が多かったが、最近「もんじゅ」を持っている原子力研究開発機構並びに文科省がこの炉を高濃度廃棄物の焼却技術を開発するために活用しようという提案をしている。
これは半減期が10万年という長い廃棄物を数百年から千年程度の半減期に核変換する技術開発である。
今年9月に日本学術会議が原子力専門家、社会科学系の専門家や地質学の専門家を集めて高レベル廃棄物処理の新しい考え方を発表した。
その骨子は暫定保管と総量管理である
現在考えられている最終処分方法は、地下300メートルで地下水の流れがなく地殻変動がない場所に、容器に入れた廃棄物を埋めるというもので、何事もなく10万年が経過すれば地球に消化されてしまうというものだが、管理をせずに10万年も待つのは問題がある。むしろ数百年の間管理しながら保管するという暫定保管を提案、このため埋め殺すのではなくいつでも取り出して他所に移動できるようにする。従って保管場所は2か所必要で1カ所は保管場所、もう1か所は移動先としてのバックアップ場所。この暫定保管中の数百年の間に焼却技術などが開発され最終処分できるようになるのではないかという提案。
しかしこの案も数百年の間暫定的に保管する場所やバックアップ場所を探すことが極めて難しい。
原子力の黎明期である1956年に発足した原子力推進の司令塔の役割を担った、米国の原子力委員会がモデル。
初代は正力松太郎氏(科学技術庁長官)が委員長で、当時の産官学の有力者がメンバーとなり国会で決議した原子力政策の基本「自主・民主・公開」の原則が守られているかを監視する役目だった。
1977年に原子力船「むつ」の放射線漏れ事故があり原子力に対する不信感が大きくなった。これをきっかけに原子力委員会から原子力安全委員会が分離し、規制と推進を分けた。
2001年省庁再編で前年に起きたJCOの臨界事故の余波を受けて原子力委員会の事務局をしていた科学技術庁が文部省と統合されることになり、原子力委員会は大臣が委員長を務めるのではなく、今のように学識経験者が委員長を務める内閣府の中の普通の委員会に格下げになった。原子力安全委員会も内閣府の中に移り、更に当時原子力委員会の事務局として科学技術庁が担っていた原子力の安全行政については何故か通産省の原子力安全保安院に移った結果、またもや以前の推進官庁と規制官庁が一体になった。
経産省内には総合エネルギー・資源調査会がありここが原子力も含めて日本のエネルギー政策はどうあるべきかを決めているので原子力委員会の影が薄くなり、いったい何をやるのかと言われている。また、原発をゼロにするなら推進を担当する原子力委員会は不要という意見が出ている。
しかし、核不拡散やプルトニウムの安全上の法規など核物質を扱う上で必要なことがあるのでそれを担当する部署が必要ではないかと考える。
前科学技術振興機構理事長の北澤宏一氏が委員長を務め昨年の9月か10月に調査会を立ち上げ今年の2月末には事故調査報告書をまとめた。
委員会メンバーは原子力の専門家と外交官と法律家の組み合わせが多い。実際に調査に携わったのは若手の科学者やフリーランスのジャーナリスト達で精力的に動いてインタビューなどをした。この委員会は正式の調査権限を持たないが菅総理を含めかなりの方々からインタビューを通じて情報を集めた。しかし東電の現役の幹部には会えなかった。
委員会には技術的に詳しい人があまりいなかったため、なぜ炉心溶融が起きたかなどという技術的な部分は政府事故調が発表した中間報告書に依存した。この報告書は最も早く公表し問題提起しただけでなく非常に読みやすいジャーナリスティックな報告書であった。
その中で最悪のシナリオの検討(東京も非難する必要があったのではないか)や、官邸の介入がどういう影響を及ぼしたかや、東電の全面撤退問題などをクローズアップし以後に発表される調査報告書でも取り上げられることになった。
昨年12月に発足し今年の6月に報告書をまとめた。委員長の黒川氏は東大名誉教授で早くから「独立した事故調査委員会を作るべき」と主張されていた。そして当初は民間事故調のメンバーだったが国会事故調に任命されたので民間事故調からは退かれた。メンバーは黒川氏のリーダーシップのもとに科学者と外交官と法律家、更に特筆すべきは大熊町の商工会長が入って地元を重視したこと、田中三彦氏という反原発の科学者が入って全体としてバランスを取った構成になっている。
黒川氏は世界への発信、世界の目を意識しておられ、日本国の信用回復が目的と考えておられた。従って透明性を強く意識して全ての委員会は公開でネット中継し更に英語の同時通訳も行った。9月には事故調査報告書を出版した。これは民間事故調の報告書の2倍位ある分厚い報告書で読み易くはなかった。「原子力村」とか「安全神話」といった日常我々が使っている俗語は一切使わなかった。
国会事故調は、国会の持っている国政調査権を使用することが出来たが敢えてそれを行使しなくても見たい資料は全部見られたし召致したい人は全て読んで話を聞くことが出来たとのこと。
民間事故調や政府事故調は関係者の責任は問わないという姿勢で臨んだのに対して、国会事故調は関係者の責任を問うと宣言して調査した。事故調が告発するわけではないが結果的に告発されるという責任追及型の調査であったことが特徴。
調査報告書の結論は「今回の事故は人災であった」但しこれは震災時に誰かが判断ミスをしたとか間違った指示を出したということではなく、そもそも福島第1原発は以前から津波や地震など自然災害に対して脆弱な状態だったことを政府、保安院、東電は知りながら策を講じなかった。つまり自然災害に対して怠慢だったと結論付けた。これが人災ということ。
具体的には1981年6月に新耐震基準が施行されたが、柏崎刈羽原発が中越地震で被災しその修復を優先したために福島第一原発の耐震補強は後回しになってしまったとの理由で耐震補強がされていなかった。
また、平安時代前期(869年)に貞観地震という巨大地震が発生し同時に貞観津波という巨大津波に襲われたという事実が10年前頃に明らかになりそれを原子力保安院も東電も知っていながら津波に対する対策をしていなかった。
またアメリカ政府は2001年の9.11テロを受けて、もしテロリストが原発の全電源喪失を画策した時に、対応策を講じるようにアメリカ国内の全原発に対して指令を発し、同時に日本に対してもこの指示を出したことを連絡したが、日本の原子力保安院は日本ではその必要がないと判断したのか何の対策も講じなかった。
民間事故調や政府事故調との違いは、津波だけでなく地震による重要機器の損傷が起きた可能性を否定していないこととSPEEDIは予測精度が悪いので役に立たないと評価したこと。
国会事故調はネット中継されていたので見た人は多かったが、参考人聴取では「忘れました」「記憶にありません」が連発され官僚や幹部の無責任ぶりが浮き彫りになりネット中継で世界にこの恥ずかしい状況が発信されてしまった。黒川委員長は「年功序列・単線で出世するエリート社会の問題だ」「現場は強いが、幹部になるほど無能だ」と報告書にも書いた。
また「規制の虜」と言われるが、規制する側より規制される側の方が金と情報を豊富に持っている場合は、規制する側が規制される側に取り込まれてしまうことが良くある。今回もそのケースに当て嵌り、保安院は東電に取り込まれてしまったのではないか。
国会事故調は国会に対して「国会が規制当局と電力業界を監視しなければならない」と提言した。
調査報告書は文化論や日本社会論に傾きすぎたのではないか、問題点は指摘したがあまりに抽象的で範囲が広すぎるために具体的な解決策が見えないものとなった。
政府事故調は一番早く昨年6月頃に発足したが一番仕事は遅かった。中間報告は昨年12月だったが正式な報告は今年の7月末になった。
民間事故調や国会事故調は事務局が民間人で構成されていたが、政府事故調は各省庁からの出向者が事務局となった。委員会は全て非公開で、記者会見をするだけという極めて秘密主義的で、委員は守秘義務を課されていて未だに箝口令が敷かれていて内容を話すことが出来ない。
強制的な調査権は持たされなかった。責任追及はせず事故原因の解明に注力すると畑村委員長は言った。また「人災と決めつけると抜け落ちるものがあるので人災と決めつけない」とも言った。
報告書の結論は「組織事故ではないかという色合いが濃いものとなっている」「安全を守るという組織文化がない。最悪を想定するという組織文化がない」
原因については「地震によって外部電源が喪失したことと津波によって配電盤が水没したことが長時間の全電源喪失状態を生んだ」「防災訓練は形骸化していた」「SPEEDIは使えたはずであった」など。
総じて提言は組織事故の観点が濃く、論点が広がってしまい一般論に終始している。
最後に畑村委員長所感として書いているが失敗学の権威として大学の講義であれば良いが政府の事故調査報告書としては具体論や解決策が提案されていない。
1979年スリーマイル事故を契機に発足した原子力事業者間の情報交換、研修制度を行う組織で、米国のある約100カ所の原発の安全性の格付けを行い(非公開)その結果は原発の損害保険料に反映されている。
INPOは福島原発事故に対する報告書を今年の8月に公開した。その中で指摘したこと
第1に「ベントをするのが遅すぎた」
日本はなるべくベントをしない方針だったのでギリギリまで待った。その上バルブ2基の後流にラプチャーディスクを設置し誤ってバルブを開いても外部に放射線が漏れないようにしていたため、バルブを開くべく操作しても内圧が高まってラプチャーディスクが破れるまでベントは出来なかった。
アメリカは圧力容器の内部圧力が高まらないうちに早くベントをすることによって代替注水が可能になり冷却を継続できるようにという設計思想に対して、日本の設備は設計思想に矛盾があるのではないかと思われる。
GE型の原子炉は早くベントをするのがアメリカの基準であると明記されているにも関わらず、日本では「安全神話」という政治的な理由にとらわれてGE型原子炉の正しい使い方をしていないのではないかと指摘している。
第2に「日本は世界の実例に学び自らの安全を問う姿勢が欠如していたのではないか」と指摘している。
例えばインドネシアで起きた地震と大津波は反対側のインドの原発まで到達し一部の施設が水没したため、世界の原発関係者の間では、地震が起きると原発に津波の被害が及ぶということが大きな話題になっていたにも拘らず、日本はこの実例から何も学んでいない即ち何の対策も講じなかった。
第3に「日本はより深いレベルでの運転員の訓練をしていなかった」。
例えば日本では水位計が正しく作動してるという前提で訓練を行っていたので、もし水位計が読めなかったらとか、水位計が正しい値を示していなかったらどうするかという訓練は行っていなかった。というようにマニュアルを越えた状態が発生した時、自分で考えて解決する・行動するというような訓練をしていなかったと指摘している。
東京電力の公開されたビデオを見ると東電の司令室の大きなスクリーンは6分割されていて現地の様々な部署とのテレビ電話は全てそのスクリーンを通じて行われていたので、全ての会話が皆に分かるようになっていたが、逆に種々雑多な会話が全て混じり合い却って混乱しているように見えた。
また事故が起きた時、官邸やマスコミが非常に心配し焦ったのに対して、東電の本店と福島第1がテレビ会議をしている雰囲気は茶飲み話をしているような予想外なほどのんびりしていて緊迫感がなく弛緩しているようだった。これはのちに細野担当大臣が著書で書いているが、「統合対策本部を立ち上げに東電に行ったときに第一印象として東電の雰囲気は緩かった」
最近エストニアの国民投票で原発は NO となったり、ルーマニアでも国民投票をする、中国でも内陸部には建設しない等々脱原子力の動きが広がっているが、増大するエネルギー需要を賄うためには原子力抜きでは考えらないので、伸びは鈍化するかも知れないが今後もアメリカ、日本以外の国々特に新興国を中心に原子力導入の動きは加速すると思う。
ここにきて非常に大きな話題はシェールガス革命の話で、アメリカでは石炭よりシェールガスの方が安くなり、日本にアメリカの石炭を買ってほしいという話が来ているほどである。このため一時アメリカで語られていた原子力ルネッサンスは立ち消えになった。
一方、安全な原子炉を開発したらどうかという話がアメリカ・フランス・日本の原発メーカーの間で出てくると思う。しかし、原発が増えてくると核廃棄物も増えるのでそれらの処理についてどうするかという議論が当然起きてくる。
Q1:各委員会報告では情報が多いが日本の原発はどうあるべきかという議論が空回りしている。この状況では選挙で国民は正しい判断が出来ない。マスコミが論点整理し、いくつかの選択肢を提示するよう努力してほしい。
A1:マスコミの中で原発反対と推進論者がいるので難しい。個人的な意見だが、エネルギー需給から考えると原発はある程度稼働しなければならないという意見なので、その際エネルギー環境戦略会議が打ち出した3原則を適用し、今までよりクライテリアを上げて再稼働を判断する必要がある。これによって原発は順次減っていき2030年には20基位が稼働している状況になる。これは日経新聞の意見で他の新聞では違う立場もある。
Q2:どの事故調の報告書にも日本の原発は今後どうすべきかについて触れられていない。こんなことで良いのか? これからの原発運転について世界に対する日本の責任という観点で伺いたい。
A2:どの報告書も原発を止めるべきとは書いていない。むしろどの報告書も原発を使い続けるのであればこういうことを考えなさいという内容になっている。つまり日本は原発を使い続けるという前提で日本はその能力もあるという前提に立っている。また事故調の報告書は、組織論や文化論など抽象的な内容が多く、具体的にどうすべきかについては書かれていない。それらは原子力規制庁などが具体的な条件を決めていくことになるのだろう。
Q3:電力コストは産業の基礎だが、それに対する対策は? 技術立国日本としてどのように評価すべきか?製造現場を預かる者に対して学ぶことという視点でどのようなことがあげられるか?
A3:先ほどの質問で世界に対する責任は?があったが、これの答えは立場によって2通りある。 1つは今回の事故を起した責任として懺悔して原発を止めると宣言する。もう1つはこういう事故を起したからこそより安全性の高い原発の建設や運営を提案し世界に範を示す。
自分の立場は後者で、日本が原発を止めても世界ではどんどん原発が増えていくことを考えればそれらが安全に稼働するために日本が貢献すべきと考える。
電力料金の値上げは不可避である。来年以降も原発に代わって化石燃料代として3兆円を超える費用が外国に支払われ、そのつけは企業や家庭の電気料金に撥ね返ってくる。ひいては所得の減少となってくるが、これは脱原発を選んだ代償と考えるしかない。この状況で世界と戦える強い企業作れというのは‥‥。
Q4:原発の現地調査が最も重要だが原子炉核心部に近づき難い状況の中で一歩進める動きがあるか?
A4:どの事故調も現場を見ることが出来なかったと述べているが、最近東電から少しずつ状況が報告されているが、徐々に状況が明らかになるだろう。但しかなり時間がかかるだろう。それに関連して福島原発の廃炉問題は東電が担っているが、それではいずれ力尽きるときが来るので政府や世界各国も協力して30年40年の長いスパンで廃炉問題に対処する体制を構築しなければならないと思う。
Q5:人災によるものが大きいと言われているが、刑事責任、賠償責任に対する検察の動きはあるのか?
東電はどう反省し対策を取ろうとしているのか原子力規制委員会の指示待ちなのか?
A5:損害賠償については訴訟が起きて受理されている。刑事責任については今のところ検察が告発するという動きは聞いていない。可能性は極めて低いと思う。
東電の動きは昨年12月に終息宣言したのち、政府と東電の間で合意した中長期の工程表があり、それに従って淡々と作業している。
Q6:被曝と被爆の違いについて。
A6:放射線を浴びるということでは同じだが、原因は全く異なり当然使い分けなければならないし使い分けている。
Q7:使用済み核燃料の処理は日本ではどうなるのか?
米英仏はこの件についてどう考えているのか?
A7:日本国内は最終処分場が見つかる見込みなし。アメリカは20年来議論してきたアリゾナ州のユッカマウンテンという砂漠の真ん中に埋めるという計画をオバマ政権になって放棄した。その後は乾式貯蔵をして100年くらいかけて考えようといういわば時間稼ぎをしている。ヨーロッパではフィンランド以外は最終処分場は決まっていない。
Q8:シェールガス革命が広がって世界の温暖化ガス問題はどう考えるか?
A8:シェールガス革命によってアメリカの温暖化防止対策は進むかもしれない。石炭火力からシェールガス火力に転換が進む。車もガソリン車から天然ガス車に代わる可能性があり北米では現在よりCO2排出量が減少する可能性がある。しかし、それによって再生可能エネルギーの普及や原発の稼働が止まるので差引どのようになるかは分からない。
ヨーロッパは環境問題があるのでシェールガスを採掘する予定はない。中国はシェールガスの埋蔵されている個所が特定できないし採掘する技術がないのでしばらく手をつけられない。従ってシェールガスによるCO2の減少と再生エネの停滞との比較になり判断が難しい。
Q9:日本のものづくりにおいて原子力エネルギーへの依存度をどうあるべきと講師は考えているか?
A9:原子力なしで日本のものづくりは成立するかという観点で考えると極めて難しいと思う。現在でも円高、税制、人件費など国際競争で不利なうえに更にエネルギー問題でより一層競争条件が悪くなることは明らか。しかし不可能ではないかもしれない。アップルの iPad は部品がすべて外国製で莫大な利益を上げているので、従来のものつくりとは違った形で利益を上げ企業が生き延びていくことも不可能ではないと言える。
Q10:トリウム原発をどのように考えるか?
A10:良く聞かれるがもう一度原発を第一歩から開発し直すことになる。安全性、材料等々についてゼロからスタートすることになる。即ち1950年代に逆戻りすることになる。
研究開発を行うのは否定しないが、トリウム原発が直ぐにも現在の原発に取って替われると思うのは早計であると思う。
*青森県知事は日本の原発を直ちに止めることが出来る。これは法的権限ではないが青森県知事は電気事業者と返送覚書を交わして約束をしている。それは青森県に立地する再処理工場において各原発からの使用済み核燃料を再処理しない場合は、持ち込んできた使用済み核燃料をそれぞれの原発に返送するというもの(青森県六ケ所村を使用済み核燃料の捨て場にしないという約束) 従って再処理を止めるのであれば現在再処理工場に預かっている3000トンの使用済み核燃料は全部返送されることになるので各原発は稼働を続けることは出来なくなる。 2030年代に原発ゼロにするのであれば再処理は必要ないことになり、使用済み核燃料の問題が出るので、原発はゼロにするが再処理は継続するという矛盾した内容になった。
*青森県の再処理工場が出来る以前は日本の原発からの使用済み核燃料を英と仏の再処理工場で処理を委託しており、抽出したプルトニウムと核廃棄物を日本に持ち帰っていた。しかし「日本が原発ゼロにするなら持ち帰ったプルトニウムはどうするのか?日本にはすでに30トン近いプルトニウムを保有している」と英仏から問い詰められた。
*日本はアメリカと原子力協定を締結し、核武装はしないで平和利用するという約束の下にアメリカから原発の技術やウラン鉱石、濃縮ウラン燃料などを輸入してきた。英仏と同様に日本が原発ゼロにするなら貯まったプルトニウムはどうするのか? 更にアメリカとは軍事同盟だけでなく「日米原子力同盟」というような原子力政策でも密接な関わり合いがあり、ベトナム、トルコ、中東などで原発の新設が計画されていて日本も官民で商談を進めているが、日本が原発輸出もやめると替わってロシア、中国、韓国が輸出することになる。中でも中国製の原発が増えることにアメリカは憂慮している。従ってアメリカは日本に原発から撤退されては困るという意見である。