2015年4月15日

 

DF環境部会セミナー

「水素社会の理想と現実」

  • 日 時:2015年4月1日(水)14時〜16時
  • 場 所:東京ウィメンズプラザ
  • 講 師:大西 孝弘 氏 日経エコロジー編集部記者
  • 参加者:66名

1.講演内容

(1)燃料電池車(FCV)の開発状況

講師トヨタ自動車は、世界に先駆けて2014年12月にFCV「MIRAI」を発売し、一躍脚光を浴びた。発表前に試乗会を開催するなど異例の宣伝でムードを盛り上げ、普及加速のために、同社が持つ全てのFCV特許を無償で提供するとして、関係業界を挙げての取り組みを呼びかけた。

発売1ヶ月で受注は1500台に達し、入手は受注後1年待ちの状況。生産計画は2015年に700台、2017年に3000台、2020年は5千台を期待。しかし、達成の見通しは甘くない(デロイト・トーマツの予測)。

ホンダは2016/3までにFCVを発売する予定。

(2)燃料電池(FC)の開発歴史

1960年代に欧米でFCの実用化が始まり、日本でも1981年通産省がムーンライト計画(後にニューサンシャイン計画)を立ち上げFC開発に着手。80〜90年代は主として欧米メーカー(バラード、ダイムラー、GM、クライスラー等)がFCやFCV開発に取り組んだが、本格的な実用化は遅れた。

国内では、90年代に自動車メーカー(トヨタ、日産、ホンダ)がFCVの試作車研究開発に着手、電機メーカー(三洋電機、松下電器、東芝など)は家庭用FCの開発に着手した。

2002年前後に世界的なFCブームがあり、多数の欧米・国内メーカーが取り組んだが、品質とコストに課題があり,量産化できなかった。

2002年、トヨタ及びホンダが、政府(内閣府・内閣官房)にFCVを納入。

2002〜2013年、政府が多額の補助金を供与して、水素燃料電池実証事業(JHFC)を推進。2008年には、民間のFC推進団体(FCCJ)が2015年に一般ユーザーにFCVを販売するシナリオを作成。

政府・民間協働で、FCVと水素ステーション及び定置用FCの大規模実証をした結果、FCV及び家庭用FC(エネファーム)の実用化では日本が世界に先行した。

(3)水素の利活用拡大の取り組み、及び政府の政策

水素は、FCV等による輸送分野ばかりではなく、工業プロセス(半導体、電子、ガラス、油脂、金属)、発電、民生FC、ロケット燃料など多面的な分野で利活用が期待されている。政府は、経済成長の柱として、水素社会の実現を後押ししている。

水素社会の実現には、まず水素の生産・輸送・供給を実現するサプライチェーン・システム全体への目配りが重要である。

政府のシナリオは、今後10年単位の時間軸で捉えている。

  • (フェーズ1)2020年の東京オリンピックで水素の可能性を世界に発信
  • (フェーズ2)2030年頃に海外からの水素供給を確立して水素発電を本格化(フェーズ3)2040年頃にCO2フリー水素供給システム確立

家庭用FCは販売が伸びており、補助金込みのシステム価格を150万円以下に抑えて、市場の自立化を図っている。

FCVの普及には自動車メーカーだけで取り組まず、他製品との競争やインフラ企業との協力の視点が必要。

(4)水素社会実現に向けての主な課題とその対応策

課題1:燃料電池車のコストが高い

ハイブリッド車(HV)部品との共通化、貯蔵圧力低減等でコストダウンを図るべき。

  • 政府の積極的な後押しあり。2014年度に総額700億円の予算計上
  • 補助金200万円を活用してクラウンHV+100万円で買える(実質620万円)

課題2:給電システム(電池から配電系統に電気を流す制御装置)が未整備

ホンダは汎用メーカーの強みを前面に独自の給電システムを構築。FCV単独ではなく、災害時電源としてFCを売り出す路線。

<FCを電力エネルギー貯蔵装置として活用するスマートグリッドに必須>。

課題3:水素ステーション不足

水素ステーションの先行投資(2013年〜)全国で45箇所→100箇所目標

  • 水素ステーションはGSに比べ5倍のコストがかかる(平均約4.6億円)
  • 現状では投資額が大きい。安全規制対応のため広い敷地が必要で、高い建設費の一因に。政府は、順次規制緩和を進めており、セルフサービスも視野に。

課題4:燃料電池車の環境負荷は必ずしも低くない(現段階では、水素ガスは天然ガス等の化石燃料が主たる原料で、高圧水素ガスの製造・圧縮・輸送の過程で大量のCO2を発生するため)。

再生エネ原料の水素製造(水の電気分解法)に関する実証試験(2014年〜)を始めたばかりで、実用化の道筋が見えない。

  • 家庭用FC(都市ガス原料)の普及は進んでおり(4年で13倍)先行事例になる。
  • 政府は都市ガス利用をFCV/水素ステーション普及のモデルにする考え。

(5)水素社会の意味合い:

水素は、ⅰ 省エネ、ⅱ 安全保障、ⅲ 環境負荷低減、ⅳ 産業政策に効果的。

  1. 省エネ:FCの活用によって高いエネルギー効率が可能
  2. 安全保障:水素は未利用の化石燃料(副生水素、随伴ガス、褐炭)を原料としたり、再生可能エネルギー利用による等、多様な製造法があり、地勢学的リスクの低減や国産エネ活用によるエネルギー・セキュリティを高めることが可能。
  3. 環境負荷低減:水素は利用段階でCO2を発生せず。製造時に再生エネを利用したり、CCS(二酸化炭素固定化技術)と組合せトータルのCO2フリー実現可能。
  4. 産業育成:日本のFC分野の特許出願数は世界一。日本は強い競争力を維持して、技術的な難易度が高い燃料電池で勝負したい。大西氏は最大の期待を寄せる。
    • カリフォルニア州ではZEV(ゼロエミッション)規制を施行してエコカーを優遇しているが、テスラ・モーターズなど新興メーカーの電気自動車(EV)が普及。トヨタのHVプリウスはエコカー認定を外され、競争力を失いつつある。
    • EVの普及はFCVの普及に逆風になる可能性あり。
    • ドイツでは、プラグインハイブリッド車(PHV)とFCVの両方を兼ね備えるPFCV車を開発して、水素インフラのみに依存せず、社会全体の便益を追求。
講師 講師

2.質疑応答

Q1:水素社会の発展には、自動車以外の異業種の参入が必要では?

A1:定置用大型燃料電池(SOCVなど)も開発が進んでおり、今後更なる普及には海外企業や異業種との連携も必要になる。

Q2:環境負荷が高いのは天然ガス原料だからか。如何にしてCO2を下げられるか?

A2:水素をガス化せず液体にすれば圧縮用エネルギー消費が少ない。やはり再生エネルギーによる電気分解製造法がベスト。

Q3:千代田化工や岩谷産業が常温常圧で液化する技術(メチルシクロヘキサン使用等)を実証中だが、展望は?

A3:液化したものを利用時にガス化する必要があるのがネック。高圧ガス輸送インフラ整備に傾注しているため、他の利用法は力を入れていない。

Q4:水素は無尽蔵のエネルギー資源と云われているが、実情は違うのか?

A4:研究開発は多面的に行われているが、実際面では現状の天然ガス輸入を前提としたインフラ整備を優先している。

Q5:再生エネルギーから水素を供給する技術の展望は?

A5:再生エネルギーはFIT(固定価格買取制度)で投資メリットが得られるので、水素製造は現状では進まない。水素は貯蔵可能エネルギーとしてより高い評価を与えるべき。FCによる発生電力をFIT制度に取り込むべきという提案もある。

Q6:EVの普及がFCV普及の逆風になるという意味は?

A6:製造技術が比較的容易なEVと建設コストが低い充電ステーションが普及すれば、技術的に困難でコストが高いFCVと多額のインフラ投資が必要な水素ステーションの普及は進まなくなるので、逆風になる可能性ありとした。
現在、EV充電ステーションは600〜800箇所、特に西日本で設置。自動車メーカー主体で進められており、水素ガスより安全対策が簡単なためやり易い。水素ステーションはインフラ業界が主体で進められているが、投資額が過大でなかなか進まない。

Q7:水素の安全性は充分担保されているのか?

A7:福島第1原発の水素爆発事故を経験して、一般に水素の安全性に対する不安が強いが、車もステーションも安全規制が徹底しているので心配はない。

Q7:FCVの製造材料には、レアメタルなどの資源制約があるか?

A8:むしろEVの方が資源の制約が大きい。たとえあってもR&Dで解決できる。

以上