(2014年1月20日 )

 

第21回DF環境時事セミナー

  • 開催日:2014年1月7日(火)14時〜16時
  • 会 場:東京ウィメンズプラザ
  • テーマ:「COP19後の気候変動交渉と日本の責任」
  • 講 師:滝 順一氏
    科学技術部編集委員
    日本経済新聞社論説委員

1.国連・気候変動枠組み条約第19回締結国会議(COP19)の成果と課題

  • 今回のCOP19についての印象は「じわりと前進した」という感じで、残された時間が少ないのに、先に多くの課題を残したので大変だなという印象を持った。

1)「ポスト京都議定書」の枠組みについて

  • 気候変動枠組条約に加盟している世界の190の国や地域の代表が集まって、2年後のCOP21において合意を目指す2020年以降の新しい枠組み(ポスト京都議定書)について話し合った。
  • 2020年までは京都議定書が効力を持っているが、日本は第2約束期間とされている2013年以降については義務的な約束しないという立場をとっている
  • 2020年以降については、先進国だけでなく全ての国や地域が参加する新しい枠組みを作って協力体制を作ろうとしている。
  • 新しい枠組みについては、アメリカから提案された案が現在一番有望視されている。その内容は「ボトムアップ的アプローチ」と言われているが、各国が自主的に削減目標を提出しそれを基に作成した削減目標を各国が約束するというもの。
  • 「京都議定書」では先進国は1990年比で平均5%削減するというキャップを被せ、それを先進各国に割り振った。これはいわば「トップダウン方式」で各国は不満だった。日本は既に厳しい省エネを実行しており6%は厳しすぎる。比べてヨーロッパは8%だがそれまで非常に非効率だった東欧を抱えているので削減目標は容易に達成できる甘すぎる数値である等々トップダウンで押し付けた目標値は議会で強い反対に遭いアメリカは脱退してしまった。そこでアメリカは「ボトムアップ方式」を提案した。
    この方式ならばアメリカも中国もインドもそして日本も受け入れられるのではないかと期待されている。
  • しかし各国からの削減目標を合計した時に必要な削減量が得られないのではないかという懸念があり、それを解決するために、提出された削減目標値を国際機関が査定しさらに上乗せを交渉してまとめることにしている。この査定や交渉期間を確保するために2015年の暮れにCOP21が開催されるので2015年の出来るだけ早い時期(第1四半期)に提出することになった。
  • この新しい枠組みは各国が削減を約束することになっているが、中国やインドは以前の2分法(先進国と途上国に分け、先進国が温暖化の元凶であるから削減義務は先進国が負う)を持ち出し、約束という言葉を先進国は commitment を使い、途上国はもっと緩い contribution という表現を使っている。この違いは後で揉めることになると思う。

2)2020年までの削減目標の積み増しについて

  • 2020年まで欧州諸国は京都議定書に基づく削減義務を負っているが、それだけではとても足りないので2010年にメキシコのカンクンで開催されたCOP16で京都議定書の義務を負わない国々も自主目標を掲げて努力するということになったが、その値を合計しても温暖化防止目標値(産業革命から+2℃以内)に収まらないので更に8〜12ギガトンの積み増しが必要となった(1ギガトン=10億トン) ‥‥ これをギガトンギャップと呼ぶ
  • しかしこの積み増しに合意した国は1国も無いばかりか日本は先に約束した1990年比▲25%削減目標を引込め2005年比で▲3.8%削減(1990年比では3.1%増)を発表したので非難の的になり先進国の中でも特に英国などが厳しい非難を浴びせた。

結局2020年までの削減目標の積み増しについては成果は得られなかった

3)損失と被害(Loss&Damage)について

矢印 異常気象の顕在化で高まる危機感

  • COP19が始まる直前にフィリピンに超大型の台風30号が襲い島が丸ごと流されるまるで東日本大震災の津波の被害を見るような甚大な被害をもたらした。この悲惨な状況をフィリピンの代表が涙ながらに報告したが、今や温暖化に起因する異常気象は将来起きるであろうとかひょっとしたら起きるかも知れないといった段階ではなく、既に現実に起きている事象であることが明らかになった。特に途上国のように災害対策が脆弱な地域ではどんどん人命が失われている。

矢印「緩和」「適応」と並ぶ第3の柱に?

  • 気候変動交渉では「緩和」と「適応」という2つの基本的な考え方があり、「緩和」は温暖化の影響を緩和・抑制するということで温暖化の原因となる二酸化炭素を出来だけ排出しないようにする対策
  • 「適応」は、温暖化が起きた時に備えて対策を講じておくというもので、海面上昇に備えて堤防を高くするとか、農作物が高温に耐えられるように品種改良するといった適応策
  • いままで気候変動にはこの「緩和」と「適応」で対応しようとしたのだが、温暖化のスピードが速くこれだけでは間に合わない状況になってしまった。
  • 日本では九州で作付けするコメは数年前から高温に耐性のある品種に変えているし、愛媛県ではミカンの収率が落ちてきたのでミカンからキウイなど高温にあった作物に変えているなどいろいろな適応策を講じているが、貧しい途上国では資金、技術、人材がなくてこれらの適応策が取れない。そこに台風が襲い大きな被害をもたらすということが起きているので3本目の柱として「Loss&Damage」という考え方を加え、現に被害を受けている国々に対して世界は救済の手を差し伸べる必要があるのではないかということが2年前から話し合われ、COP19で大きなテーマとなった。
  • この考え方には、人道的な支援ということだけでなく、先進国から途上国への所得の再配分という考え方も裏側にある。即ち先進国は今日の温暖化に責任があるのだからお金を出してその結果に対して補償しなさいという要求。しかし世界の先進国はリーマンショック以来どの国も不況で財政難にあえいでおりとてもこれらの途上国からの要求を呑むことは国内の世論が許さない状況にあり受け入れられないので、検討するということで持ち越しになった。

矢印 未解決の資金協力問題が背景にある

  • COP15において米国のクリントン国務長官が2020年に先進国は途上国に対して毎年1千億ドル(10兆円)の資金援助をすると大見得を切ったが、実際にはそのための手続きが少しも進んでいないので、先進国は1千億ドル出すための具体的な財政措置をしろと毎年途上国から催促されているが、先進国はこの巨額の資金援助をする余裕が無く実行される見通しが無いので、「Loss&Damage」という概念が出てきたと言える。
  • これからも2020年に向けて途上国から毎年1千億ドルの要求は出てくるのでこのまま仮証文のままで知らん顔をするという訳にはいかず、どこかで一定の資金を提供せざるを得ないと思う。

4)交錯する交渉力学

矢印 分裂する途上国

  • これまで京都議定書では先進国対途上国という構図で途上国側はG77+Chinaが一体で圧力団体になっていたが、今回は中国+インド+産油国+エクアドル+ベネズエラ+フィリピンが固まって行動した。一方島嶼国や低開発国やアフリカの国々などは別行動をした。
  • これらの国々は反対ばかりするのではなく少しでも交渉を前に進める必要があるということで先進国に対して攻撃や批判をするのを控えるという傾向が見られ途上国側がだらけてきたように見えた。

矢印 足並み揃わぬ先進国

  • 他方、先進国も足並みはそろわず、欧州は今でも京都議定書の第二約束期間で削減義務を負っているし、アメリカは京都議定書に参加していないし、日本は第二約束期間を脱退したということで、テーマごとにどのグループがどこと組んでどのような意見を出すかを見極めなければならず交渉担当者は自国だけが不利にならないように情報収集、分析が大変だ。

2.IPCC第5次報告

  • 報告書は3部作でワーキンググループ1(地球温暖化の科学的気象学的予測)が昨年の9月に発表した。ワーキンググループ2(地球温暖化の影響)が今年の3月に横浜で会議をして発表する予定、ワーキンググループ3(地球温暖化の影響を緩和・適応するために何が出来るか社会学的政治学的)は4月に発表する予定。

1)温暖化は疑う余地が無い人為的影響である

確信度が高まり95%以上に。

2)気温上昇の停滞問題への反論

自然の変動幅の中で現在は海水の吸収が卓越な状態なのでここ10年位温度上昇が無かったと説明。

3)気温上昇と温暖化ガスの累積排出量とは比例関係にある

従って産業革命当時から2℃上昇に抑えるならば、あと300ギガトンしか排出できない。我々は毎年30ギガトン排出しているので30年分しか無い。30年の間に世界の排出量を0にしないと気温上昇は2℃を越えてしまう。2℃を超えるとどのような影響が出るかは3月に発表されるが、グリーンランドの氷床が既に解け始めているので海面上昇も含めて北半球は大きな影響を受けるだろう。

3.日本の削減目標とエネルギー基本計画

1)05年比▲3.8%の暫定目標に関して

  • 昨年12月に日本は地球温暖化対策本部(首相以下閣僚がメンバー)を開いて鳩山政権が約束した2020年に90年比▲25%を撤回して2005年比▲3.8%(=90年比+3.1%)の暫定目標を発表した。安倍政権は2020年に原発が何基稼働しているかを想定したくないという政治的理由でこの数値はあくまで原発稼働を想定しない暫定値であると釈明した。
  • しかし▲25%から+3.1%と28.1%も後退した数値を提示したことも非難されるが、この数値の根拠が全く示されなかった。これでは国民や企業は温暖化防止のためにどのようにしたら良いのかも分からず、とても国の意思や国民の総意とは言えず、取るに足らないものと言わざるを得ない。
  • 日本はいずれこの数値を再検討して再提出しなければならないが時期は今年の夏ごろと想定している。
  • 理由は潘基文国連事務総長が今年の9月にニューヨークの国連総会で世界の首脳を集めて気候変動に関する首脳会議を開催すると宣言したので、この会議で安倍首相が再び▲3.8%を出すことはできないだろう。第一次安倍内閣の時に「クールアース50」(2050年に世界の温暖化ガス排出量を半減させる)を提唱した経緯があるのでそれから大幅に後退した目標値はとても出せないだろう。また希望的観測だが、現在16〜17基の原発が安全審査を申請中で、電力需要が逼迫する夏頃までにはその内の数基が安全審査をパスして地元の了解を得て稼働しているのではないか。そして2020年には原発がある程度稼働する前提での数値を出せるのではないかと予想している。

2)エネルギー基本計画について

矢印 原発依存度は引き下げる

  • 昨年末に「エネルギー基本計画」の原案が発表されたが、その中で原発を「安定して安価なベース電源」と位置づけた。既存の原発は安全が確認されたものから再稼働するが原発の新増設はしないとのことなので、この方針が守られれば遅くとも現在から30数年後(2050年の前)には全ての原発が止まり原発0が実現することになる。
  • この場合、原子力発電の穴埋めはどうするのか?

矢印 石炭火力の新増設ブームへ

  • 再生可能エネルギーは日本の場合20%〜30%が最大だろうと考えられているので残りは化石燃料による発電に頼ることになる。従って二酸化炭素排出量は増えることになり温暖化防止と逆行してしまう。

矢印 安倍政権の真意が良く見えない

  • 再生可能エネルギーは、2012年に固定価格買取制度が施行され太陽光発電や風力発電を始めれば確実に儲かる制度が出来たので猛烈な勢いで太陽光発電設備が建設され稼働開始するし風力発電も農地法の改正が予定され導入が増えることが見込まれ、加えて洋上風力発電も期待されているので再生可能エネルギーが全体の20%まで増えるのはかなり現実味を帯びてきた。しかしこれでは温暖化ガスの排出量は増えてしまうのでどうするつもりなのか安倍政権の真意が見えてこない。

矢印 先送りできない放射性廃棄物処理の問題と損害賠償制度

  • 原発反対意見には、事故に対する恐怖の他に放射性廃棄物の問題と損害賠償の問題がある。
  • 放射性廃棄物の問題は小泉元首相が「トイレ無きマンション」と言って反対論を展開しており、それに対して同感している人々も多い。仮に再稼働を認めなくても既に排出された放射性廃棄物を莫大に保有しているので、これをどのように安全に処理するかの道筋を示さなければ再稼働を主張できないと思う。
  • 一旦原発事故が起きると損害賠償額は青天井になるが、これまでは甚大な事故は起きないことになっていたから損害賠償制度が全く整備されていない。民間会社である電力会社が損害賠償を行えなくなった時にどうするのか、国が肩代わりするのかをきちんと決めないと地元住民は不安で原発の再稼働を認められないだろう。

4.まとめ

1)日本は2020年までの削減目標を良く検討して再提案する

2)2020年以降の長期目標に対しても日本が前向きの役割を果たしてほしい。

3)日本においても大島の台風被害のように温暖化による気象災害は現実問題となっているので、国レベルで堤防増強や農作物の改良など適応策を考えなければならない。

4)原発については自分は再稼働して欲しいと考えているが、それには国家の責任としてなすべきことは

  1. 福島の後始末をきちんと行うこと、
  2. 放射性廃棄物の処理処分についてきちんと道筋をつけること、
  3. 国策民営というスキームで賠償問題はどうするのか決めること、

5)原発に関する安全情報をもっと公開することなどを求めたい。

  • 昨年末に「特定秘密保護法案」が成立したが、何が秘密かを決めるのは誰なのかということが重要で、今のところ官僚が決めることになっているがこの中で原発の安全に関する情報をテロの対象になる恐れがあるからという理由で秘密にされたら国民や地元住民は判断できなくなる。従って自分は原子力の安全に関する情報は秘密にせずに公開するということを法的に保証しなければならないと考えている。

6)国と地方の責任とリスクの分担の見直しをして整理しないと今後原発を引き受ける自治体は無くなる。

5.質疑応答

Q1:ワーキンググループ3が出す報告書は人間の価値観や生き様にも関係すると思うがマスコミの方々はどのように考えていますか?

A1:WG3がどのような報告をするかは把握していないが、今の生活を切り詰めろとか我慢しろということを要求してもそれは国民全体のコンセンサスは得られないと思うし、途上国からは先進国だけが豊かになって途上国の人間は我慢しろと言っているようにとられるので理解が得られない。この問題を突き詰めると究極の所得の再配分の問題となるが、民主主義の国ではそのような政策を掲げても絶対に当選できない。従って、我々一般国民の生活レベルをあるレベル以下に落とさないで出来ることは「節約」「省エネ」「効率化」など少ない資源でより多くの社会的効用を得るような社会づくりが大事で、日本人の「もったいない精神」は大昔から培われた世界でも誇り得るすぐれた文化だと思うし、世界に貢献できるのではないかと思う。

Q2:先進国は資金援助を求められているとの事だったが、どのような基準で金額が決められるのか?日本が出している資金の額は基準に照らして適正なのか?

A2:今回日本は1000億円位の資金援助をするといったが、この資金がODAの純増額なのかどうかがはっきり分からない。他国はこのような大金を出すと言っていないので突出した金額ではあるが、実は毎年拠出している巨額のODA資金の内訳費目を変えてこの部分がその1000億円ですよと言えばこのために懐は痛まずに拠出したことになる。今回日本は二酸化炭素排出量の目標値を大幅に後退させたのでそれに対する埋め合わせとしてお金を出すと約束したとも言える。

A2:先進国の資金負担割合については今まで何も話し合われていないし決まっていない。
先進国は援助した資金の使途については詳らかにしてほしいと要求するが途上国側は資金の使い道についてとやかく言われたくない。自由に使いたいという思いがありなかなか噛み合わない。

Q3:気候変動と生物多様性はどのように関連しているのですか

A3:交渉の進め方の上では全く無関係と言える。生物多様性側は気候変動側を意識している。何故なら多様性を失わせる原因に温暖化があるので温暖化防止を何とかして欲しいと願っているから。気候変動交渉で生物多様性の話題が出たことは無いし2℃上昇を認めるということは既に生物多様性がかなりダメージを受けることを止むを得ないこととしてとらえているのではないか。

Q4:温暖化防止には技術開発が不可欠だと思うが技術の話が欠落しているように見える

A4:確かに気候変動交渉では技術の話は出ていない。2020年はあと数年だが、2050年、2100年を語るには抜本的な技術開発は欠かせない。国ごとに考えているかもしれないがCOPでは出ていない。

以上