(11/12/2013 )

 

第20回DF環境時事セミナー報告

  • 開催日:2013年9月20日(金)14時30分〜16時30分
  • 会 場:東京ウィメンズプラザ1階 視聴覚室
  • テーマ:「強い農業」を阻む正体   待ったなしの農業構造改革  
  • 講師講 師:安藤 毅 氏 
    1970年岩手県花巻市生まれ。
    早稲田大学政治経済学部経済学科卒業後、日本経済新聞社へ。
    大阪社会部を経て東京経済部、政治部などを歴任。経済部では主に省庁担当、 政治部では首相官邸、外務省などを担当。
    2010年に日経ビジネスに出向、2012年より編集委員。主に政治、経済政策を担当。

1.はじめに

先ず自己紹介をさせていただく。自分は岩手県花巻の農家の次男坊で、父親は県の農政畑一筋でコメの品種改良、技術開発に一生をかけた人です。我が家は4町歩の田畑を持っており第二種兼業農家としては大きい方です。兄は岩手県庁に勤めましたが、自分は東京の大学を出たのち国家公務員試験に合格して農水省に入省し、その後日経新聞に転職しました。

10数年前政治部に所属していた時に安倍晋三氏(当時内閣官房副長官)の番記者をしていた関係で今でも取材などでお会いしたり話したりする機会があるが、先の参議院議員選挙を乗り切り、10月1日に消費税率のアップを正式決定すると見られている。それに関連して法人税減税が取り沙汰されているが安倍総理がそれに拘っているのはアベノミックスの指標となっている株価を支えているのは、証券取引高の7割を占める外国人機関投資家の投資動向である。この外国人投資家が求める分かりやすい政策が法人税減税であり次がTPPである。TPPに日本が参加するには農業改革は避けられない。

産業競争力会議(成長戦略を立案する)や規制改革会議で農業のあり方、農協の在り方、農家の戸別補償制度の見直しと言ったことが改革の俎上にあげられ議論されることになっている。

2.国内農業の現状   儲からないイメージの定着  

(1)農業総産出額の減少

日本の農業の現状は一言でいうと「生産額が減って高齢化が進んで儲からない」というイメージが定着している。

  • 農業総産出額のピークは1984年11.7兆円(内コメが34%と最も多い)が毎年減少して2011年は8.2兆円(内コメが22%と畜産、野菜より少なくなった)
  • 多くの補助金と高い関税で守ってきたコメだが、それでも生産額が半分以下になってしまった。原因は、① 需要サイドが少子高齢化で食べる量が減ってきた。② 海外から安い農産物の輸入が増えた。③ 一方供給サイドは高齢化が進んだ。④耕作放棄地など生産基盤が大きく衰退した。
    いまや農業のGDPに占める割合は1.5%程度。

(2)農業従事者の高齢化

  • 日本の農業従事者は現在240万人とピーク時の1454万人(1960年)から急減しているがこれは工業化に伴い労働人口の移動があったためで、人口に占める農業従事者の比率を先進各国と比較すると1〜2%程度で大差ない。但し日本は65歳以上の高齢者の割合が突出して多い。特に稲作の高齢化が顕著。
  • 国の政策は2011年民主党時代に「農林漁業再生のための基本方針と行動計画」を策定した。内容はTPP交渉に参加することを念頭に平地で20ha〜30ha、中山間地で10ha〜20haに集約することを目指すというもの。
  • 全国の農地は360〜370万haでその80%を大規模農業にすると平均10ha/人として全国で約30万人の担い手、それに集約型農業(野菜、果物、酪農)に約60万人位必要とすると合計で90万人の担い手が必要となる。それには年平均2万人程度40歳未満の新規就農者が必要になる。国は新規就農者に7年間150万円/年の補助金を出して奨励しているが実際には年間1万人程度と半分しか就農しない。
  • 農業経営種類別の農業従事者の年齢比率を比較すると、稲作が突出して65歳以上の比率が高い。これは野菜、果物、酪農などは専門化が進んでいるが、稲作は小規模零細兼業農家が集積しており、しかも高齢化が進んで、稲作の構造改革が遅れていることを示している。
    日本の製造業は、安い労働力や大きな市場を求めて海外移転をしているので、余った国内労働力の受け皿は、国内サービス業が担っているがこれらは非正規雇用が多く、賃金も非常に安い。
  • 今まで農業従事者の収入は安いと言われてきたがサービス業の非正規雇用者の賃金と比較してあまり差が無くなってきている。
    地域の貴重な雇用の受け皿を考えるときに、選択肢の一つとして農業を真剣に考えなければならないのではないか。

(3)非効率な農地利用 ①

  • 耕作放棄地(40万ヘクタール)は耕地面積の1割弱まで拡大している。
  • 1戸当たりの耕地面積は2.3ヘクタールと世界的に見て極めて少なく生産効率が悪い
  • 効率的な経営を行う「担い手」による農地集約を促すことが重要

(3)非効率な農地利用 ②   農地集約は徐々に進む

  • 土地利用型農業における20ha以上の経営体が耕作する面積の割合は徐々に増えて2010年には32%まで増えた。
  • 農地面積に占める担い手の利用面積は徐々に増えて2010年には約50%まで増えた。これは2009年に法が改正され農地のリース方式による法人の参入が全面解禁になったことが大きい。参入した法人の内60%が株式会社で20%がNPO法人。

(4)輸出市場は未開拓

輸出市場の伸びはここ数年伸びが止まっている

  • 2012年の農産物輸出額は1375億円と国内農業総産出額8.2兆円の1.6%しかなく、日本の農産物は殆ど国内向け生産販売向けであることが明白。
  • 海外の輸出国は、第1位アメリカ、第2位オランダ、第3位ドイツ、第4位ブラジル、第5位フランスで日本は第50位以下。
  • 政府は2020年目標で農林水産物・食品の輸出額を1兆円にしようと計画しているが、次に掲げるような原因がありなかなか具体的な対策を立てるのは難しいようだ。
  • 現状日本の輸出先は1位香港、2位アメリカ、3位台湾、4位中国、5位韓国。
    誰もが期待する中国向け輸出額は現在406億円。
    主要な輸出品目は、清涼飲料水、醤油、日本酒、りんご、長いも、丸太、緑茶、水産加工物等で、コメの輸出は2012年に2200トン、輸出先は香港、シンガポール、台湾で中国向けは34トンしかない。
  • 輸出が伸びない理由は ① 価格が高い ② 輸送コストがかかる ③ 農家の輸出マインドが低い ④ 加工食品は日本が原材料を輸入する時に高い関税(200〜300%)をかけているためその高い原材料を使って作った加工食品は必然的に高くなってしまう ⑤ 相手国の税関・検疫など国境措置のハードルが高い。特に中国の非関税障壁が高い。TPPは関税を下げるだけでなく非関税障壁を取り除く効果もある。
    ⑥ 現状各都道府県がそれぞれ個別に輸出戦略を練っているがオールジャパンで共通ブランドの確立をめざして対策を立てるなどマーケティングのやり方などを考え直す必要がある。
    ⑦ 原発事故や汚染水問題の影響も大きい 。

(5)6次産業市場の未発達

  • 1次産業(生産)と2次産業(加工)と3次産業(流通・販売)をまとめる産業を6次産業化といって最近よく使われているが、現状の6次産業の規模は合計で1兆2297億円で、これを2020年迄に市場規模を10兆円まで拡大しようというのが政府の目標である。
  • 6次産業の経営者は2つのケースが考えられる。1つは農家の人が自ら加工・販売するケースと企業が単独または農家と提携して1次産業に進出するケースである
    「農業食料関連産業の経済計算」によると国内生産額は94兆円規模で6次産業の規模は全体の1.3〜1.4%程度しかなく、伸び代があるともいえるが何故現状伸び悩んでいるかというと農家が自ら加工・販売をしているケースでは、① 営業ノウハウが無い(今までは全部農協に任せていたから)② 在庫を抱えることを嫌がる ③ 設備投資をすることを躊躇う(借金することの不安)④ 消費者からのクレームを嫌がる(今まで消費者と直接相対したことが無い)
    つまり経験ノウハウが無いために多角化経営への不安が大きい。
  • 一方企業が参入するケースでは ① 農業の最大の問題である天候に左右されるリスク(コントロールすることが出来ない)② 生産量・品質・価格等の変動が大きい(トヨタのカンバン方式に代表されるような管理された生産方式・品質管理方式・マーケティング方式と大きく異なり変動が大きい)
  • 政府は6次産業の拡大のために「農林漁業成長産業化支援機構」という官民ファンドを立ち上げた。メガバンクや地銀などと一緒に資金を供給する体制を整え、全国に21の子ファンドを設立。それぞれが支援先を決定することになっている。レストランの開業資金、加工施設の建設資金などが決定された。(第1回目)
    これら支援策によって徐々に6次産業市場の拡大が期待される。

(6)農家等の「多様性」

「主業農家」だけが農家ではない。農家という概念ほど多様なものは無い。

  • 販売農家(163万戸)には主業農家(36万戸)、準主業農家(38万戸)、副業的農家(88万戸)があるが、以前は専業農家(42万戸)、第1種兼業農家(21万戸)、第2種兼業農家(83万戸)という分類だった。
    販売農家が減って土地持ち非農家や自給的農家が増えていく傾向にあり、農業問題を語るときに農家という言葉で一括りにするのは現状に即していない。
    今後、主業農家と準主業農家をどのように支援していくかというところに政策を集中していかなければならない。

(7)品目による経営状況の違い

  • 水田作(稲作)は農業所得が少なくしかもそのうち80%が共済・補助金。農業以外の所得(兼業による所得や年金)が農業所得の8倍もある。つまり圧倒的大多数が小規模兼業農家であることを示している。
  • 野菜作や果樹作は農業所得も多く農業利益率も高い。
  • 酪農は所得規模が大きく生産性が高い
  • 肉用牛は口蹄疫と東日本大震災による被害で赤字になった
  • これらの統計から明らかなのは水田作の経営効率を高めないと日本の農業の生産性の工場は望めない。

3.農業が産業化できていない理由

(1)「鉄のトライアングル」  自民党、農林水産省、農協による戦後農政

  • 農業が産業化できない理由を一言で表すと、稲作偏重、兼業農家保護を重視してきたため。鉄のトライアングル〔自民党・農水省・農協〕によるコメを軸とする農政、農協システムの継続が産業化できなかった理由。
  • 農協は、農家の規模拡大が進むと農家の資材購入に農協が入れなくなるので小規模兼業農家を守って大規模化につながる構造改革に抵抗してきた。
  • 農協は農政連という政治団体を持っていてこれが集票マシーンなので、政治家も大規模化によって農家の数が減ると票が減るので小規模兼業農家を維持した方が良く、小農家保護維持策を長い間続けてきた。しかも補助金は農協経由で支給されるのが一般的だったので農協にとっても有難いこと。また農水省も農業保護という政策が続く限りは多額の補助金予算を維持できるので利害が一致する。機械化が進んだために生産性は向上したので週末農業だけで稲作が可能になった。本来ならば生産性がアップした分だけ経営効率のアップや大規模化を進めることが出来たはずだが、実際は兼業農家の人たちに楽をさせるという結果になった。
    以上のような状況は兼業農家にとっては非常に居心地が良かった。
  • 兼業農家がコメ作りを続けるためには高い米価の維持が必要だった。高い米価を維持するために ① 高い関税(778%)をかけた ② コメの生産調整(減反政策の維持)
  • 他国では、コメが国内で余ったら輸出しようとするが、日本では生産調整をして米価を維持するという政策を採用した。この結果耕作放棄地が増え、コメの生産性を上げるとか品質を高めるとか反収を上げるといった努力が軽視されてきた。

(2)民主党政権下の戸別所得補償制度とTPP

戦後農政の主な出来事年表で

  • 1947年農地改革(地主制の解体、自作農の大量創設)
  • 1952年農地法施行(農業は農家が自ら行うものという耕作者主義を規定して農家保護を優先した。固定資産税・相続税などの優遇措置、農協の独禁法適用除外や総合事業の展開などによって地域における影響力の維持し地方議会にも農協出身者を送り込むなど農協の優位的地位が法的にも実質的にも担保された)
  • 食料自給率をカロリーベースで発表しているのは世界でも日本ともう一か国位しか無い。一般的には生産額ベースで表す。生産額ベースで日本の食糧自給率は約70%位と高いが、何故カロリーベースで表して問題視するかというと小規模兼業農家も支援保護して農業を守らなければならないということを強調するためだと言える。しかしあまりにも批判が出てきたので農水省も生産額ベースの食料自給率を発表するようになった。
  • 1993年にウルグアイラウンドでコメの部分開放を合意。
  • 2006年に競争力強化のため「担い手経営安定新法」を制定し大規模コメ農家への支援を重視。これによって農政は大規模化、集約化に舵を切り一定規模(4ha以上、北海道は10ha以上)の農家、農業生産法人でなければ補助金を出さないと決めた。
  • 2007年参院選で戸別所得補償制度創設を掲げた民主党が勝利。これは「担い手経営安定新法」によって小規模兼業農家には補助金が出なくなるので民主党に投票し勝たせた。(民主党は鉄のトライアングルに楔を打ち込もうとして、戸別所得補償制度を提案した)
  • この結果を見た自民党は「担い手経営安定新法」を事実上撤回した。
  • 2009年衆院選で民主党が勝利して政権交代が行われた。
  • 2010年民主党政権はコメに関する戸別所得補償制度を導入した(謳い文句は小規模兼業農家も大事なのだということ)。減反に応じることを条件に10a以上の農家に15000円支給することに決めた。 ところが民主党政権はTPPに参加しようということで平地の農地の大規模化、集約化を目指そうと言い出した。このように農政は小規模兼業農家保護→大規模化→小規模兼業農家保護→大規模化と迷走、逆走を繰り返し
  • 2012年自民党が政権に復帰したが取りあえず名前だけ変えて「多面的機能支払い」ということで今後も戸別所得補償制度を続けるか否かの議論をしているが、自民党政権→民主党政権→自民党政権で農政の逆走、迷走が農業経営の効率化、産業化の障害になってきたことは疑いない。

 

(3)改革を阻む農協という存在 ①

  • 農協は農民・農家のための組織であった筈なのに、脱農業で何とか組織を維持していこうというのが今の農協の姿である。現在農協の職員は22万人もいる。総合農協の数は合併を繰り返しているので全国で738団体まで減ってきている。
    農協は戦後の食糧難に対処するためにコメの拠出機関として利用しようと政府が考えたもので戦時中の統制団体である農業会を衣替えしたもの。
    従ってその性格は生協などボトムアップの組織とは異なり政府の補完的な立場として作られトップダウンの組織である。
  • 農協の手掛けている事業は非常に幅広く金融事業・保険事業・葬祭事業・共済事業など。
    農協は政府と組んで高い米価を維持していたので、農家はコメを闇米に流すより農協に売った方が有利で、それにより高い肥料や農薬や機材を購入することが可能になり、農協はそれらを販売することにより莫大な販売手数料を得ることが出来た。本来は退出するはずだった小規模零細農家も残ったので農協にとっては非常に望ましい状況であった。
  • 農家はだれもが収入口座を農協に開設して持っているので秋の仮渡金などもその口座に振り込まれる。その莫大な預金を農林中金に委託して運用してもらうので今や農林中金は大機関投資家である。
  • このような流れでしっかりと農家を抑えて農協は拡大してきたが、結果として減反が始まった1970年代から年間2000億円が減反関係の補助金として支出されてきた。戸別所得補償制度の事業規模が年間8000億円程度なので合わせて年間1兆円が減反制度維持するために使われてきた。今や減反面積は水田全体の40%に達した。
  • 農協は皆等しく平等であるという前提のもとに運営されているので「抜け駆け」や「差別化」は許さない。即ち良い品質のコメもそれほど良くない品質のコメも一緒にして売るというのが基本的な考え方。このため良い品質のコメを作ろうとか、より効率化を図ろうとする改善意欲が削がれることになり、日本の農業は生産性を低下させてきた大きな原因である。
  • 農協に対する優遇措置には ① 法人税の軽減税率適用:水源などのインフラを補助金・助成金などで農協が作ると固定資産税などが減免される。② 法律的には地域に競合する総合農協を作ることは可能だければ実際には認められない。③ 公認会計士監査は免除されている。④ 農協は金融機関であるから本来は金融庁と農水省の共管であるが金融庁検査は殆ど免除。⑤ 独禁法に抵触しているはずだがこれも問題にならない。
    以前は農協から資材を買わないならば融資しないと農家に言っていた。

(3)改革を阻む農協という存在 ②

  • 農協は農業関連事業の赤字を信用事業(金融事業)・共済事業で補填している 。
    農協は預金を集めることに注力し2013年4月末時点で預金残高は90兆円とメガバンクのみずほフィナンシャルグループとほぼ同規模。しかしこれら農家から集めた預金を貸し付けている割合は僅か30%と極めて少ない。
    更に貸し付け先を調べると住宅ローンに33%、賃貸アパート建設資金に20%で肝腎の農業資金には3.8%しか貸し付けていないのが実情。

(3)改革を阻む農協という存在 ③

  • このような農協も足元が揺らぎ始めている 。
    ① 農家の大規模化や法人の参入で農協離れが起きている。独自ルートで流通・販売が拡大。 割高な農協を敬遠して独自に資材や農薬を安く購入する方向。
    ② 集荷量が低下している(農協の扱うコメ流通量は40%に低下)
    ③ 農協は卸業者と契約数量を決めているのでこの量を確保するために農家に渡す仮渡金の単価を高めに設定する。一方スーパー等の小売価格はどんどん低下しているので農家から高く仕入れたコメを安くしなければ売れないということで採算が取れなくなっている。
    ④ 農家の高齢化が進行して担い手が不足している(農協が10年後を予想:正組合員が16%減少、出資金の払い戻しが進むことによって資本金が23%減少、預金も10兆円流出する、共済契約者も16%減少等々で農協も強い危機感を持っている 。
    ⑤ 相次ぐ不祥事の発生で政府内でも農協の改革の必要性が言われている。

4.農業改革の方向性

(1)TPP交渉を踏まえた改革が急務

  • 農業改革はやらなきゃならないことは誰でも分かっているが、自分の代はここまで逃げ切りたいのでまだやらなくてよいと言って先延ばしにしてきたが、TPPを契機として農業改革を待ったなしにやらなければならなくなったと言える。
  • TPPは10月のAPECで米国主導による「基本合意」を目指している。
    日本にとって重大な関心事の農業分野の関税交渉は多分越年するだろうと言われているが、重要5品目(コメ、砂糖、乳製品、牛肉・豚肉、小麦)の全てを例外扱いにするのは非常に難しい。日本のこれまでのFTAあるいは経済連携協定では85%前後でこれら重要5品目は全て除外してきた。
    しかしTPPでこれら5品目をすべて例外扱いにすると品目別自由化率(10年間でどこまで関税を撤廃していくか)は93.5%になりアメリカなどが目指している自由化率98%よりかなり低くなってしまうので全部を守ることは難しい。
    そこで政府が考えているシナリオは、コメの中にも関税の品目は58あり(精米、玄米、加工用米‥‥)この中で精米や玄米だけを例外扱いにするがその他の品目については譲れるものは10数年間かけて段階的に関税を下げていくという案。
  • 農水省がTPPによって国内農業は3兆円生産額が減少して壊滅すると試算しているが、前提は関税を即時全廃して何ら対策を講じないとしているが、こんなことは考えられない。
    ① コメについては、日本人が好む単粒種(ジャポニカ米)を生産している国は世界でも少ない。カリフォルニアで生産しているコメは、中粒種がメインなので安いコメを求める外食産業などは中粒種を使う可能性はあるが、単粒種については日本国内で間違いなく販売できるという保証が無い限り生産するつもりはないとのこと。
    ② コメの乾燥施設の性能が日本国内のものとアメリカやベトナムなど外国のものでは差があり、このため外国産米はコメに悪い臭いがつくので日本人には好まれない。
    このような理由で日本のコメは高くても生き残れるのではないかと考える 。

(2)諸外国から学ぶべき点・相違点

  • オランダ(世界第2位の輸出国)
    ① 野菜・花卉などに特化して輸出で稼ぐモデル。
    ② オランダの農地用面積は日本の4割しかないのに輸出大国。特徴的なのは輸出と共に輸入も多い(葉タバコなど原料を輸入して国内で加工し製品を輸出する。冬季は南欧から野菜を輸入してドイツに輸出するなど)
    ③ 輸出先はドイツに30%、EU向けに80%以上 。
    ④ 主食用の小麦の国内生産は20%で大部分を輸入に頼る。

<オランダの競争力の背景>

  1. 北海に面し欧州の中央に位置する立地(日本は極東地域に位置する不利)
  2. 共通市場を形成している購買力のあるEU諸国に隣接(日本は国境障壁や非関税障壁のある中国・韓国に近い島国でコストも高い)
  3. 効率化・高収益部門に特化し大規模化した。
  4. 農業・食品産業クラスターを形成し半径30㎞以内に1,500社が集積して15000人以上の研究者が働いている(日本は農協が地域を独占して牛耳っていてそれに伍するような企業がいない)
  • 韓国
    国策としてFTAで発展しようとしたので以前から10兆円規模の農業・農村対策を行ってきた。(直接支払、高齢農家への年金制度、撤退促進対策など)
  • ニュージーランド
    1984年に政権交代して1年半後に農業補助金を全廃すると決定した。日本なら大問題になるところだが、農家は頑張って農業の生産性を年率6%アップさせ、品種改良も行って1頭当たりの搾乳量を38%も増やした。この結果乳製品は95%も輸出されるようになって世界の貿易量の30%占めるようになった。
  • ノルウェー
    水産業における資源管理の徹底(個別漁獲割当制度)
    国家的マーケティング(サバ、サーモンなど)
  • これらの国々の事例から学ぶのは「守り」の姿勢からはイノベーションは起きない。やはり政府・企業・業界双方の不断の努力が必要ということ。政府は政治的決断で構造改革を断行。輸出も考える 。

(3)具体的な改革の方向 ①

  • 集約型農業を進めていくべきだがオランダの花卉のようにそれだけに集中することはできない。今は非効率な使われ方をしている土地利用型の農業も経営感覚を持たなければならない。土地利用型も集約化を進め効率的に農業が出来る生産者あるいは法人に委ねるという流れに持っていかなければならない。
    コメを作るときは消費者のニーズに応える必要がある。今後、電気料金、消費税、社会保障費等が上がり負担はどんどん増えるので一人暮らしの貧しい都市型住民が急増するだろうと言われている。これらの人々は出来るだけ安いコメを求めるのでコストを下げ競争力を増すと共に農地の有効活用を図るなどの改革が必要。

1.土地利用型農業(稲作等)の構造改革

  • 耕作地の分散解消策
    コメの生産費は分散したままだと60kgあたり約16000円だが、15ha以上に集約化すると6000円程度まで下げられるという試算がある。
    経済産業研究所の試算によるとTPP参加によって米価を大きく下げると、国内の消費で余ったコメを全部輸出するとすればコメの生産量850万トンが倍増するし、食料自給率(カロリーベース)が40%から69%まで上昇する 。
    コストを下げるためには、大規模農家や農業生産法人に加えて農業以外から参入を促す必要がある。それにはリース方式だけでなく企業が土地を所有できるように規制を緩和する必要があるのではないかといった議論が競争力会議でされている。現状は企業による出資割合は50%未満に限られていて役員の過半数が原則150日/年以上作業しなければならないと規制されているのでこれを緩和できないか議論されている。
    因みに競争力会議でローソンの新波社長が担当の責任者だが、新波社長は企業の土地所有まで緩和せずにリース方式をもっとやりやすいように緩和すべきとの意見を持っている。
    農地の流動化を促進するためには農家の税制面での優遇措置(相続税や固定資産税など)を数年間で見直すことを提案している。そして農業をやめる人には退職金のような性格の一時金を支給して土地の集積を促進する(東大の本間教授)
    今は農地の状況が非常に分かりづらいブラックボックスになっているが、出来るだけ農地の情報を開示して、農地として利用することを条件にして効率的に生産できる農家や生産法人に集約させていくことが望ましい。 減反・戸別所得補償の見直しとコメの関税引き下げ容認 。
    減反をやめれば米価は下がり、これを契機に兼業農家はコメ作りをやめる筈である。それによって大規模農家に集約される→コスト削減が進む→国内米価が下がっても経営が可能になる→関税を引き下げてもやっていける→やがて輸出拡大も可能に。
    EUが1993年に共通農業政策を導入し直接支払といって主業農家に限定して価格低下による減収分を補てんした。即ち担い手を集中的に支援するという政策に切り替え、その結果安くなったので輸出がしやすくなった。これでEUは農業が強くなったと言われている。日本もTPPが迫っているので日本型の直接支払制度を考えなければならない。(安倍首相の指示で農水省や農水族議員が検討している)

2.集約型農業(園芸、畜産など)の推進

  • 利用率の高い園芸作物農業を基盤にさらに強くしていく努力とオランダのような食と農のクラスターを形成して進めていくのが良いのではないか。

3.複合経営の推進

  • 土地利用型農業の弱点は繁閑の差が大きい。
    岩手県北上市の農業生産法人「西部開発農産」は本州最大規模の650haを耕作して従業員も100人以上(平均年齢20代)雇用しているが、大部分は請負方式(リース方式)で2013年3月期の売上高9億円最終利益1.2億円。ここでは繁閑の差を埋めるために冬季は加工品(味噌その他)の製造・販売を行い、更に従業員に大型免許を取得させ、冬に近くの高速道路の除雪作業を請け負っているなど柔軟な発想で経営を安定させている。販売は農協を通さずに直接販売がメインで、コスト削減を図っている。

4.中山間地のサービス産業化

  • グリーンツーリズムの一層の展開。

5.農業者による価格形成への関与拡大

  • 直接販売の更なる推進
    高付加価値化、契約栽培で利益率向上 。

(4)農協改革をどう進めるか

1.単協の経済事業の見直し

  • 本来の農業事業家の共同化のための組織としてあるべき姿に立ち返るべきではないか。
    今の農協は生き残りのために懸命に多角化を図っているが本業回帰すべきではないか 。
  • 成功事例として越前市の「JA越前たけふ」を紹介する。
    コメの販売や資材調達などの経済事業を子会社に譲渡した。今までは農協が集めたコメを上部組織を通じて卸していたし、資材調達も上部組織を通して調達していたが、子会社に譲渡したのでコメは子会社から卸業者に直接販売し、資材も上部組織を通さず独自に調達し販売するようにした。これによって2013年に黒字化の見通し。
    また2009年から高品質なコメを農家から高く買うインセンティブ制度を導入した結果、農家からの集荷量が増えた。

2.政策上の位置づけの見直し

  • このような農協は全国的にも増えているが、個々の農協が取り組むのでは限界がある。即ち農協は地域が限られているし、上部団体との繋がりや縛りがあるので自由がきかない。
    思い切って全国どこでも販売できるようにするとか、信用事業(金融・保険など)を切り離すという案も考えられる。

5.おわりに    日本農業躍進への視点   

  • マーケティング組織を地域ごとではなくアメリカのポテト協会のように生産者がマーケティングをするための組織を作り、世界に売り込む。
    またノルウェーの水産物審議会のホームページにアクセスするとノルウェー産水産物の料理方法などが至れり尽くせりの親切さで掲載されている。このように全国的なマーケティング組織を作ることも重要。
  • 海外への輸出は商社や海外バイヤーを活用する。
  • 輸送コスト低減のため物流インフラの整備や直行便を増やすなど。
  • 高い日本の技術を海外に技術輸出する。

【農業改革の留意点】

  • 都市部と地方との間で意識のズレがあるのは、農村はコミュニティが地域の共存社会で他に代替手段が無い謂わば「しがらみの世界」で、この基層部分の上にビジネスの世界があるはずだが、これらが一緒くたになっていることを都市部の人は理解しない。
    農業改革について議論しても都会の人間は分かっていないと言われる。農業、農村地域の難しさをお互いがよく理解した上で地域の農産物を都市部が購入する仕組みを作るとか、多面的な機能を持つ中山間地の意味を理解し支援するなど農業改革を論ずる上で必要なことだと思う。

質疑応答

質問1: 日本の農業の衰退の原因の一つに農地に対する税金、即ち耕作放棄地も生産農地と同じように固定資産税が殆どゼロに近い優遇を受けているためいつまでも所有していられるということがあると思う。

質問2: 広島県と新潟県では農民の土地に対する意識が大きく異なるが、意識改革はどのようにしたらよいか。

安藤講師:農地の税制については問題になっている。安い相続税、固定資産税特に耕作放棄地でもほとんど税金はかからない。転用期待(いつか道路などの公共事業で買い上げてくれるのを待つ)も最近は公共事業が減少しているので減ってきているが、土地の保有経費が極めて安いので土地の流動化がなかなか進まない。従って税制等の見直しが必要だということは認めている。しかし相続税や固定資産税を見直すには税制の抜本改革が必要になる。財務省は2015年に消費税が10%になるがそのあと2020年に更に消費税を上げるという議論をしたいと思っており、この時に税制の抜本改革(所得税、消費税、固定資産税等々の改革)をしようと思っているので今すぐに土地税制の改革を議論することは無いと思う。
土地の集約化に向けて都道府県に農地中間管理機構を設けようとしているが、これは耕作放棄地や農地を貸したいと思っている人から土地を国の予算で借り上げて、担い手に貸し出すことを計画している。しかし問題点は ① どうしようもないような土地を機構が借り上げて整備しても貸出先が見つかるか? ② 農業委員会(農協幹部や地元の有力者などが委員)の問題がある。即ち農業委員会が農地法3条で定められた田畑の売買や賃貸を審査する権限を持っており農地中間管理機構もその影響を受けるので期待したような成果を出せないのではないか。

質問3: 特区をつくっても既得権者との軋轢があって期待した成果があげられないという例が多い。
制度改革をする場合は既得権者の利益を明らかにして皆が認識したうえでそれを打破して改革案を推進する必要があると思うが如何? 安藤講師:我々マスコミがその役割を果たさなければならないと思うが、自民党農水族議員が法案を決める際に大きな力を発揮する。その議員を選んだのは我々国民であり、前の民主党政権を選択したのも我々国民である。従って既得権益層を打破しようとするならば我々国民(マスコミも含めて)の投票行動が問われてくる。
現在競争力会議や規制改革会議でこのような問題について議論をしているが、これに最も影響を及ぼすのは世論である。菅官房長官が農業の問題に切り込みたいと頑張っているが、秋田出身で農村問題については熟知している。一方、彼は横浜選出の都市部の議員で選挙にも強いのでこの難しい問題にも手をつけられるとも言える。先日の参院選挙で31の小選挙区で自民党が勝利したので地域の民意は無視できない。即ち地元の意見を代表する議員の意見は当然それなりの重みをもつということ。

質問4:全国で農協の職員数は? 安藤講師:2010年度で約22万人、農協の数は2013年3月末で738農協まで減ってきた。

質問5:植物工場の話題が多くなってきたが、これら新しい形態の農業の採算性、将来性について 。

安藤講師:利益率の高い農業は野菜・果物で雇用も創出する。オランダの例のように輸入大国は輸出大国でもある。以前牛肉、オレンジの自由化で日本の牛肉は壊滅すると言われたが確かに一部の酪農家は止めたが安い牛肉が輸入されたので庶民でも手が届くようになり牛肉の購買層が大幅に拡大した。そして差別化した国内産のマーケットが出来上がった。
アスパラガスは当初海外からの輸入品だったが、国内で消費が伸び年間供給の需要が出来たので国内農家が生産するようになった。
野菜・果実は経営効率が高い、可能性も高い。国内マーケットを拡大する上で輸入を拡大することによって様々な可能性があり、輸出の可能性を追求することによって国内マーケットだけでなく海外のマーケット特に非関税障壁を取り除けば中国は最大のマーケットなのでTPPや経済連携協定を進めてルール作りを行うことが後押しになると考える 。

以上