(11/08/22)

一般社団法人 ディレクトフォース 8月勉強会

テーマ:「オペラ学・オペラ楽 〜 西欧の近代を成立させた芸術と娯楽の王の考え方と楽しみ方 〜」

 

講師

8月の勉強会は、8月18日学士会館で会員約110人が参加して開催されました。今回はNHKのオペラ解説等でご活躍の音楽評論家 堀内 修 氏に講師をお願いし、「オペラ学・オペラ楽〜西欧の近代を成立させた芸術と娯楽の王の考え方と楽しみ方〜」というテーマでお話いただきました。

内容として語られたのは、『オペラはルネサンスの祝祭とギリシャ悲劇の研究が結びついて生まれたもので、人の心を動かす歌がドラマを動かし、オペラそのものを動かしてきた。その後、社会の変化に連動して、オペラは「芸術」と「娯楽」の間でゆれ動きながら発展することになる。

現在も19〜20世紀のオペラを中心に上演されるが、世界の一流歌劇場はシーズン毎に一種の覇権争いをしている。そこで注目されるのは歌手と指揮者そして演出であり、これらをめぐる歌劇場間のせめぎあいによってオペラは今も最先端の芸術であり続けている』ということです。

話の中で代表的なオペラをDVDで紹介しながら、オペラが持つ歌の力とその魅力やオペラの誕生からこれまでの変遷を分かり易く解説いただき、会員がオペラへの関心と理解を深める貴重な勉強会になりました。

1.オペラは娯楽と違った面を持つ

ヨーロッパではオペラは我々が考える娯楽とは違った面を持つ。チューリッヒで歌劇場改築の是非が議論されたとき、「歌劇場は病院よりも役に立つ」という意見も出て改築が実現した。また、世界を代表する歌劇場があるウイーンやミラノでは町の中心に必ず大聖堂があり、カトリックが文化の中心をなしている。もう一つの中心は歌劇場であり、このことがヨーロッパの文化を象徴している。

何を着ていけば良いかよく尋ねられるが、着飾っていくということにオペラの重要な特質がある。オペラが誕生したのは1600年前後で、お祝いの席で上演されていた。華やかなオペラはルネッサンスの祝祭の場であったから、敬意を表して正装という風習が生まれた。

オペラとミュージカルはどう違うのか。オペラから派生した娯楽的要素の強いものがオペレッタであり、オペレッタの流れを汲んで出来上がっていったのがミュージカルといえるが、オペラがミュージカルと異なるのは、オペラは「歌がドラマを動かす」ことにある。人の心を動かす最終手段は歌であり、オペラは歌によって相手を変えることを最大限利用して創られている。

2.オペラの誕生とその原点

オペラは1600年の少し前、フィレンツェでギリシャ悲劇を復活させる研究から生まれた。今日残る一番古いオペラは、1600年フィレンツェのピッティ宮殿で上演された「エウリディーチェ」である。

オペラ誕生で重要だったのはそこにある理念であり、ギリシャ悲劇と同様、オペラもそれをともに体験する者の共感が重要となる。ギリシャのオルフェウスの神話がオペラの原理を説明している。この神話をもとに1607年にマントヴァで上演された「オルフェオ」によってオペラの歴史が始まったとされる。妻を失ったオルフェオの嘆きの歌が神々を動かし、奇跡が起こる。歌の力が起こす奇跡は一時的なものに終わるが、最終的にオルフェオは妻の死を受け入れるという効果をもたらす。人の心を動かす歌の力がドラマを動かし、オペラそのものをうごかす。ここにオペラの原点がある。ルネッサンスは絵画や彫刻、文芸を蘇らせるが、最後にギリシャ悲劇をオペラとして復活させたことにより、ヨーロッパの近代が完成したと考えることができる。

3.芸術であるとともに娯楽としてのオペラ

講師1607年以降、オペラは重要な文化の中心であるとともに娯楽の中心にもなる。その後の400年間は芸術と娯楽が入り混じりながら進んで行く。

最初にオペラが栄えたのはヴェネチアの町で、初めの200年間は主に宮廷の中で上演されていた。主なテーマは慈悲で、君主たるもの慈悲を持って人民に接しなければならないというのが基本になっていた。ヴェネチアは共和国であり、個人が営業による儲けを得ていたことがあり、オペラが盛んになっていく過程で娯楽の要素が入ってくる。

娯楽であると同時に芸術であることの意味は、18世紀にザルツブルグに登場したモーツアルトのオペラ「ドン・ジョヴァンニ」に見出すことができる。このオペラを当時の人たちは不真面目であると怒ったが、今我々が観るとこれはまさしくオペラだと理解できる。オペラの中の歌の効果が歴然としている。

最初の200年間は真面目なオペラと、派生した歌自体を楽しむものとになっていく。17〜18世紀には歌の技を愛でるのがオペラの大きな楽しみになって、カストラート(バロックオペラにみられた男性の去勢歌手。男の声帯でありながら、それが短いことから多彩な高音が出る)がもてはやされた。これはオペラの娯楽面の重要な部分であり、この200年間で声の技術が盛んに開発された。

4.社会の変化に連動してオペラも変化

19世紀の前半、フランス大革命のあと王侯貴族の時代から市民の時代へと転換する。我々が知っている、モーツアルトを除いたオペラの8割以上がこのとき以降すなわち市民の時代に創られたもの。それまで貴族や王侯たちが独占していたオペラは市民たちが楽しむものとなる。そのとき予言されたことは「ヴェルサイユは既に失われ王政は滅んだ。オペラ座が新たなヴェルサイユになるだろう」であった。

市民の時代になるにしたがってオペラは変容していく。芸術と娯楽がどのように一緒になったか。オペラ「ルチア」にそれを見ることが出来る。単にソプラノの声の技術を楽しむだけでなく、ルチアという女性の狂乱の場を入れ、声の技術に合わせた。

今私たちが聞いているオペラの大半が19世紀から20世紀前半のもの。物語としては女性が主役であるが、男尊女卑の社会であったことを反映して大抵は女性がひどい目にあっている。

「椿姫」の主人公オペレッタが恋人と別れるよう求められるのは、今の時代の人たちには納得できないことでありながら、このオペラが今も上演されるのはオペラが原型に戻っていく、抽象化されていくという作用があるからと言える。「愛を断念するつらさ」がオペラにあらわれており、ヴェルディやワーグナーの19世紀オペラが意味を持っていることに繋がるのではないだろうか。

5.芸術と娯楽の王だったオペラの時代は終わる

こうしたオペラも次第に廃れていくことになる。ギリシャ悲劇が盛んだったのもごく限られた短い期間であった。ギリシャ悲劇はローマに移るが、ローマ時代にはギリシャ悲劇よりも闘技場の方に人が集まるようになる。これは今の時代に重ねてみるとよく分かる。

オペラのあとに蘇ったギリシャ文化にオリンピックがある。それと同時にさまざまな娯楽がオペラの競争相手になる。20世紀に入る頃にはオペラは市民の娯楽ではなくなっていく。楽しさを求めてオペレッタからミュージカルへ。そして20世紀には映画が出てくる。スポーツが登場する。それにともないオペラは娯楽の王者から滑り落ちていく。

芸術であり娯楽だったオペラの時代が完全に終わったわけではないが、一区切りしたのは確かである。1926年ミラノのスカラ座でプッチーニの新作「トゥーランドット」が初演された。世界中から人が集まり、新聞のトップ記事となった。しかしこのあとオペラは違うものになっていく。「トゥーランドット」がオペラの時代を一区切りする。

6.現在のオペラについて

1926年を境にオペラは娯楽の王様ではなくなり芸術になるが、オペラは日本で考えるほど力を失っていない。オペラは昔の作品200ぐらいを中心に上演されていることに変わりはない。

ただ、ワーグナーもヴェルディもオペラを上演するとき、紙に書いた作品をオペラ作品とはしなかった。つまり、舞台の上で上演されるのが作品というのが基本的な考え方になっている。今ではオペラハウスは博物館ではなく、常に新しい何かを求めているというのが基本姿勢である。したがってオペラは昔のままやっていると思うのは間違いである。

世界中に歌劇場があるが、一流と目される歌劇場は1シーズンに何本かのオペラを演出、歌手、指揮者を一新して制作し上演することで一種の覇権争いをしている。これら作品が評価されることによってオペラは舞台芸術の中心であり続けている。

7.日本のオペラ

現在東京でのオペラ上演は盛んで、世界有数のオペラ市場になっている。1997年に新国立劇場が開場。外国歌劇場の「引越し公演」が多いのが東京の特徴。来月、ボローニャ歌劇場、そのすぐあとバイエルン国立歌劇場の公演が続く。ただし、値段は安くはない。それでもオペラに入り込んでくるとこの歌手が歌うのなら行こうとか、指揮者が誰だからあるいは演出家が誰だから面白そうということになる。

例えば指揮者、日本でこれまで値段が一番高かったウイーン国立歌劇場の「バラの騎士」の場合、指揮者カルロス・クライバーの名前で値段が6万5千円になった。指揮者だけでなく、それ以上に人気があるのは歌手。「清教徒」のテノール歌手フローレス、「ローエングリーン」のカウフマンは、日本に熱狂的な女性フアンがいて、入場券は高いのにもかかわらず売り切れているという。その意味でオペラは芸術であると同時にミーハー的なところがある。歌手、指揮者そして演出をどうするかが重要なポイントになり、大きく左右されることになる。それがメジャーリーグで戦っている歌劇場の武器になっている。昔のようにオペラが都市ごとにばらばらであった時代は終わり、今は世界中の歌劇場がせめぎあい、連鎖している。まさにスポーツを観るような面白さがある。

 

懇親会 懇親会
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講演後の懇親会での堀内修氏を囲み歓談する皆さん