( 11/03/05 )
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一般社団法人ディレクトフォースの3月勉強会は、3月29日学士会館で会員約130人を集めて開催されました。今回は、スイス連邦工科大学(ETH)
名誉教授で気候学がご専門の大村纂氏に『気候変動はなぜ論争の対象となるのか?』というテーマで講演いただきました。
お話の要旨は、気候変動は複数の要因が同時作用する結果によるもので、関与するすべての要因の影響を数値的に解明することが必要である。約100年の研究の結果、本日の話の結論をまず最初に述べると、現在の気候変動に関していえることは人間活動が最も大きな影響力を持つ要因になったことである。人類の地球に及ぼす影響には、温暖化を引き起こす温室効果ガスと寒冷化をおこすエアロソール(空気中の微粒子)の発生の2要因があるが、長い目で見ると大気中の滞留期間の長い温室効果ガスがエアロソールを凌ぐことになる。気候変動に関し無意味な論争を繰り返すのではなく、対策を決断すべきときだと警鐘を鳴らす解説でした。
気候変動は理学の対象であるが、変動があるのかないのかが論争となっており、進化論に似ている。特に20世紀以降これまでのプロセスで、かなりホットなテーマになっている。純学問的内容がどうして社会的論争の対象になるのか。そこには利害関係が潜んでいるからで、学説を唱えている個人の面子という小さな問題から、大きな資本が動くところにまで及ぶからである。
「気候とは長い期間における大気の平均的な状態」と定義されている。しかし、同じ平均気温でも1年間の変化や周期的変動を加味して考えなければその土地の気候を明確に表しているとは言えない。そこで私は40年ほど前から「気候とは大気の統計的な状態」という定義を提唱してきた。これによれば平均値だけでなく変化や変動の起きるスピード、周期、長さなど統計値として扱う変数をすべて含むことが出来る。こうした変化や変動を考えるのにどれくらいの長さが必要か、自然現象のなかで意味のある長さとして30年と定義されている。5年に1回開催されていた世界気象庁長官会議において国際間で調整すべき重要な事項が決められてきたが、1935年のワルソー会議で30年とされた。現在基本となっているのは1961年から1990年までの30年である。
周期性のある変化では2年周期が顕著であり、6ヶ月周期も多い。長い期間では12年周期、50年周期、500年、1000年周期が見られる。
このような周期があるが、気候の変化には違った変化の仕方があり周期性を持たない変化もあり、それぞれに違った原因がある。したがって気候の変化と原因は複数化して考えなければならない。
現在の気候を概括すると、世界全体の平均気温は15℃,平均年降水量は1000mmである。このことは非常に重要な意味を持っている。このような状態はおおまかな所は地球の熱収支で決まる。まず、太陽は地球の気候に対して唯一の熱源である。地球は太陽から常時1361ワット/平方メーターの熱量を受けている。雲や大気を含めて地球全体の反射率は0.30であるから、1361Wに吸収率0.7を掛けた熱量が大気を含めた地球に吸収される。またその温度に見合った放射を宇宙に返してエネルギーが保存されている。その結果、絶対温度で255K,又はマイナス18℃が地球の有効放射温度となる。
これは地球の黒体放射温度であり、これを懐疑派といわれる人たちは温室効果を地球からなくしたときの温度としている。しかしこの課題を本気で解こうとすると、大気のモデルをつくり温室効果ガスを除いて現在のものと比べなければならないはずである。この人たちは15℃からマイナス18℃を引いた33℃が温室効果ガスの影響とするが、黒体温度?18℃というのは温室効果があるかないかとは全く関係のないものであるから、間違った理解をしている。
年平均マイナス18℃の平均気温に相当する地球大気の高さは500ヘクトパスカル(ミリバール)すなわち海抜5.5kmである。大気中の雲や水蒸気を考慮したとき、温度の逓減率は100m高くなる毎に0.6℃であるから5.5kmの高さから地表までの温度差は33℃即ち地表の温度は15℃ということになる。
1000mmの平均降水量は、熱収支の結果により年間1000mmの水が地球表面より蒸発しており、蒸発した水は大気中に10日程度しかとどまらないことから年間蒸発量の水が降水量と同じと考えられるからである。
氷河期であった2万年前の世界平均温度は現在より5℃低かったことが分かっている。地球全体では現在の3倍ぐらいの氷河が存在した。降水量もかなり少ないものであったと推測される。氷河を分析してグリーンランドや南極の降水量は現在の半分ぐらいだったと考えられている。降水量の変化は気温の変化以上に我々の生活に与える影響力が大きい。これは現在進行中の温暖化についても言えることで、気温の僅かな変化(それだけでも大変な出来事なのであるが)よりも降水の量と分布の変化は我々の生活に直接大きな影響を及ぼすであろう。
こうした気候の変化の原因は、太陽の黒点周期などにみられる太陽変動、地軸の歳差運動、地軸の傾き、地球公転軌道の変化、自転速度の変化、極の移動、オゾン層破壊による紫外線の増加など一方的要因(外部要因)と積雪や湿度など気候変化自体によってもたらさられるフィードバック要因(内部要因)とがある。外部要因はかなり正確にわかる。しかしフィードバック要因はモデルとして作りにくい。フィードバック過程のモデル化の良し悪しが気候モデルの質をきめる。
1870年代ごろから気温観測が始まった。19世紀最後の10年間は気温が上昇。20世紀のはじめには一時低下したが、その後は一時的な低下はあったものの傾向としては上昇が続き、とりわけ1990年頃からの20年間は急激に気温が上昇している。
世界全体の気温を見ると、20世紀に入り0.7℃上昇、海面を除いて平均すると1.0℃。このうちの半分は最近の25年間に生じている。これに対して1970年代までは0.3℃の上昇に過ぎない。
現在起こっている気温上昇は太陽の黒点変化とそれに伴う変動に起因するものとはいえない。これに関しては一方的な宣言といっていい程の意見が素人の方々からよくなされているが、それは無知と言ってよいもので、これに関しては1978年より太陽常数(このごろは Total Solar Irradiance、即ちTSIといっているが)の連続的観測が衛星からされており、TSIは増加などしていない。また、太陽活動に伴う磁場の変化により大気に降り注ぐ高エネルギーの銀河成宇宙線(Galactic Cosmic Radiation、略して GCR)の量が変化する。宇宙線は間接的に大気のイオン化を引き起こし、イオンは雲粒子の凝集核となり得るから、雲の生成に影響を与える、というものである。雲に変化が起これば、降水に変化が起こるだけでなく地球の熱収支に根本的な影響があるにちがいない。この仮説をあたかも自分の説のように唱えている方がおられるが、これは元はと問えば1990年代に Svensmark と Friis-Christensen というデンマークの学者が唱えたものである。他人の褌で相撲をとるようなことはすべきでない。この仮説に関しては上記の定性的な記載をそれぞれの段階を追って、追証すべき観測が既にある.それらは、宇宙線濃度フラックス、大気中のイオン濃度、雲量と雲の反射率、地上に降る候水と太陽放射などであり、これらの観測データに基づいて、今では否定されている.否定されているというのは現今の温暖化の原因としてのみであって、あるいはもっと長い周期の気候変化に関しては効果的な原因であるかもしれない。
氷河は都市から遠くにあり都市化の影響など受けない。また氷河とその変化は多くの情報を内蔵する。20世紀の氷河の減少をみると1年に27cmで、これが1年に1cm加速している。主な原因は降雪の減少ではなく、融雪・融氷の増加による。温室効果による温暖化原因である。温暖化の過程を厳密に見ると、温室効果ガスが赤外線を放射して地表のクーリングを妨げているからであり、温室効果ガスが地球の気温を直接上げているわけではない。地球表面におよぶ大気の下部の冷却が妨げられる結果としてJ温が起こるのである。同じ温室効果ガスの増加が大気上部で起こるとやはりそこからの赤外線放射の増加を促す.大気の上部は赤外線を吸収する地表に似た面など無いため、増加した赤外線放射は宇宙に失われて大気上部自身の冷却を引き起こし、そこは寒冷化する.これが同じ温室効果が地表付近では温暖化を起こし、成層圏以上では寒冷化を引き起こすゆえんである。成層圏のこの20年来の寒冷化はすでに衛星から観測されており、事実となった。最近のこの成層圏の寒冷化は太陽の放射増加では説明出来ず、太陽変動をもって最近の地表付近の温暖化の原因とする仮説に徹底的な打撃となった。
今までに分かっているのは化学分析に依る温室効果ガスの濃度の増加と気象観測に依る気温の上昇である。その間の赤外線放射の増加は観測されておらず、まったくミッシング・リンクとなっていた。もし大気から地表への赤外線放射になにも起こっていなければ、温暖化の温室効果説は根本から考え直されねばならない。また、実際に赤外線増加があっても、その量は温度増昇の結果以上のものでなければならない。この点を正すために私は1992年1月に基準放射観測網を世界気候研究計画の一貫として発足させ、今年で丁度20年の観測が行われたことになった。この20年の結果から赤外線の増加が全球平均で5ワット/平方メートルと出てきた。これは、その間に起きた0.3℃という温度上昇だけでは説明出来ない大きなものであり、35ppmというCO2の変化と、同時に起きていたCH4、N2O、O3、フロン、フロン代償ガスの変化でもって、はじめて理解できるものである。
現今の気候変化についての意見をまとめてみると、次のようになる。
ここで注意するべきことは、いま我々が直面している最も深刻な点は温暖化によって上がる温度そのものよりも、温暖化の速度である。20世紀以来起きているJ温速度は今までに自然界で起こったそれよりも1桁以上速い。我々を含めたエコシステムが付いていけるのか?地球の温暖化は人類の営みによるものというデータは整っている。手をうつための決断をするのに、懐疑派が提唱するようにすべての情報が揃うのを待っているのでは遅い。また、総て完璧な情報など揃えることが人間にできるのか?
いわゆる懐疑派といわれる人々にはおもしろいことに決まったパターンといえるものがある。それくらい独創性が欠けているのであろう。
我々は決断を迫られる時、いつもと言ってよいくらい、完璧でない材料に基づいて、しかも正しい判断をしなければならない。完璧な判断の材料など存在しない。不完全な材料でもって優れた判断をすることこそが英断の妙味というものである。そうした不完全な材料というには現今の気候変化の場合、材料はあまりに整いすぎている.ここで対策を不必要に先送りすることは危機を増大することに加担するのみである。ご清聴どうもありがとうございました。
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講演後の懇親会で、講師の大村纂氏を囲み歓談する皆さん |