( 11/03/05 )

一般社団法人 ディレクトフォース 2月勉強会 

 

テーマ:「激流の中で日本の進路を築く」

 

福井俊彦氏

第19回会員総会が2月15日に学士会館で開催され、会員約240人が出席しました。

総会終了後、基調講演として、キヤノングローバル戦略研究所理事長(前日本銀行総裁)の福井俊彦氏に講師をお願いし、「激流の中で日本の進路を築く」というタイトルでお話いただきました。

大きな潮流変化の中で日本が厳しい生存競争を勝ち抜き将来への展望を切拓くためには、高度成長時代に築いた経済モデルをグローバル化・情報通信革命の時代に適したものに切り替えることが求められている。そしてこれまで経済の価値体系に比べて後回しにしてきた文化の価値体系と安全保障の価値体系を併行する位置に戻す必要があると説かれました。

日本並びに他の先進国が抱えている問題点や課題を多面的に指摘され、採るべき方策について歯切れ良くしかも分かり易く解説していただいた貴重な勉強会でした。

1.世界の行途 

(1)経済成長牽引力のシフト

世界経済の成長を牽引する力は先進国から新興途上国へ大きくシフトしている。

IMFによれば、2011年と2012年の世界経済は、4%台半ばの実質成長率で推移すると予測されているが、先進国は2%台半ばにとどまるのに対し、新興途上国は6%台半ばと1990年代平均のほぼ倍のスピードで経済成長を遂げる見通しとなっている。また、世界経済の成長に対する寄与度でみると、大雑把にいって以前は先進国が約7割だったのが今や逆転し、新興途上国が7割、先進国が3割となっている。

(2)世界経済の Governance

  1. それでは、世界経済をこれから誰がどういう形で責任をもつて運営していくか。これまでは先進国がG7を中心に責任意識を統合していたが、新興途上国のウエイトが上がるにつれ、今は Governance の軸がG20に移ってきている。金融システムの健全性確保、持続的な経済成長、財政再建、経済の基礎的不均衡(貿易赤字国、黒字国の大きなギャップ)調整など重要な問題が山積する中で関係する国の数が増え、コンセンサスを得ることが格段に難しくなっている。ただ幸いにも、この2年間ほどの経過をみる限りG20プロセスは少しずつではあるが着実に前進してきている。
  2. 責任意識のすり合わせにあたって、特に重要なテーマは、申すでもなく経済政策の整合性確保ということであるが、加えて近年は、地球温暖化の問題も前面に出てきている。この問題については、先進国と新興途上国との間で認識の一致をみるまでになお相当の距離感を残しているものの、そもそも人類共通の課題であり、時間軸を将来に見据えて考えれば時間的余裕はあまり残されていない。
  3. 先進国のリーダーである米国のプリンシプルは、市場メカニズムをフルに活かして経済を自由に動かすことにある。一方、新興途上国の旗手となっている中国は、市場主義経済とはいえ統制的枠組みを強く残している。この二つの対立軸から生ずる摩擦を如何にして最小限にとどめるかという難問が、各国が直面する多くの課題の根底に横たわっている。
  4. この間、WikiLeaks が米国の軍事や外交機密をインターネットを通じて流出させた問題について、様々な議論が起こっている。もともとインターネットの普及は、統制色の強い国家運営の基盤を揺るがす可能性があるのではないかとの見方が強かったが、今回の出来事は、自由主義体制の国家においても、「規律」とは何か、それを如何にして保つか、という問題をにわかに呼起した。情報通信革命の進展にともない「規律」のよって立つ基盤を新たに樹ち立てることが出来るのかどうか、案外、自由を原則とする体制の国の方が対処の仕方が難しいかもしれない。

2.先進国共通の課題

(1)堅固な通貨体制

実体経済の背後に金融・資本の流れがあり、両者がうまくかみ合ってはじめて経済は円滑に動く。実体経済のウエイトが先進国から新興途上国にシフトしつつあっても、米ドルの基軸通貨としての地位やユーロや円の準備通貨としての役割が急速に新興途上国に移るとは想像し難い。ただ、米ドルにしてもユーロや円にしても実体経済の信認抜きにその役割を果たし続けることは出来ない。米国、欧州、日本の経済そのものが先進国の経済として引続き信認が得られるものでないと通貨が揺らぐことになろう。そうした観点からも先進国に対しては、経済の健全な運営のため、これまでにも増して知恵と工夫が求められるようになっている。

(2)生産性向上と Austerity(耐乏)

先進国は、まず、技術革新を軸としてさらに生産性の向上を実現していかなければならない。その一方、先進国は、これまで困難に遭遇するつど経済を支えようとして財政に過大な負担をかけてきた。その結果、先進国の公的債務残高のGDP比は、新興途上国にくらべ格段に高くなっている。これからは、経済の潜在成長能力の向上と財政再建とを両立させながら前進していかなければならない。これが先進国共通の厳しい課題である。

(3)産業資本主義の次のパラダイムを模索

しかも、先進国は18世紀半ばに始まった産業資本主義のパラダイムの中でかなり成熟した段階に到達している。果たして次のパラダイムは何か、模索しながらの展開とならざるを得ない。

3.米国の課題

 

米国は一貫して「強いドル」を標榜している。経済を強くしてドルの威信低下を防ぎたい、それが本心であるが、現状は失業率が9%台で高止まりしており前途なお容易でない。

こうした中で、金融政策の面で異例の量的緩和を進め、一方で中国に人民元の一層の切り上げを迫っている。いずれも正当性のある姿勢だが、ともすれば「強いドル」標榜と矛盾する印象を与えかねない悩みがある。

4.ユーロ圏の課題

 

福井俊彦氏欧州経済については必ずしも楽観的な見通しは出来ない。その核をなすユーロ圏は1990年代初頭以降通貨を統合したが、もともと状況の異なる国々に一つの金融政策を当てはめるという矛盾を内包している。この矛盾は、構造改革により経済や市場の実態的な融合を進めることによって徐々に解消していく、さらにはいずれ政治統合を実現して財政政策によって資源や所得の再配分も行えるようにするというものであった。また、ユーロ圏については、「深化」と「拡大」をいかにうまく進めるかが、初めから重要な課題と目されている。経済や市場の融合を進め、One size fitsall の矛盾を消化しながら、徐々に参加国を増やして拡大するのが本来は望ましい。しかし欧州の結束は「二度と戦争をしない」という強い政治的意志を出発点とするものであり、ともすれば「深化」よりも「拡大」を急ぐ結果となりやすい。ユーロ発足直後の11カ国から、今既に17カ国に拡大している。経済合理性から言えば、やや拡大を急ぎすぎている感もないではないが、今後とも難航しながらも、強い政治的意志が崩れることなく、通貨・財政の健全性を基本とする経済政策を軸に、Muddle through していく(何とかやっていく)のではないかと思われる。

5.日本の行途

(1)経済モデルを変える

  1. 日本が先頭集団に入った1980年代には、時を同じくして経済のグローバル化と情報通信革命の進展という新しい潮流変化が始まり、一段と厳しい生存競争の局面を迎えることとなった。
     戦後の日本は、欧米先進国に追いつき追い越せという明確な目標を持ち、ラグビーに例えれば皆でタイトスクラムをがっちりと組んで勝ち戦の方程式を築き上げてきた。しかし、先頭の位置に立って自分で新しい世界を切り拓いていかなければならない時代になった今、より戦略的で柔軟な展開が可能なルーススクラムへモデルの変換が必要となっている。このモデルの変換に手間取っていることが、いわゆる「失われた20年」の基本的な背景である
  2. 日本の期待成長率は低くなりがちである。
    このため1990年代以降日本経済については期待成長率が低くなりがちとなっている。経済の体温が下がってきているといわれるわけで、それを示すかの如く日本の消費者物価指数上昇率は先進国の中で比較してもかなり低い水準で推移している。
     悪い時には悪いことが重なるもので、日本の期待成長率を押し下げる二つの大きな追加要因を指摘することができる。一つは、人口減少、少子高齢化である。生産年齢人口は1995年をピークに、総人口も2004年をピークに減少し続けている。人口が減少し続ける経済は他の条件を一定とすれば、経済成長率はマイナスになる。もう一つは、先進国の中でも公的債務残高のGDP比が格段に高いことである。公的部門はキャッシュフローを生み出さないので、公的部門の借金を減らすためには、民間部門が生み出したキャッシュフローの一部を何らかのかたちで公的部門へ移す必要がある。それなかりせば民間部門はこれを追加投資に振向けて成長に寄与しうるわけであるので、その分だけ潜在成長力を失うことになる。これらの要因を全てイノベーションによる生産性向上によりカバーしていかなければならない。
  3. そして、様々な困難な課題を克服していく過程で、思わぬ利害対立から、社会の安定を損なわないように注意していく必要がある。
     日本の場合、高度成長時代には想定以上に所得分配の平等化が進んだ。しかし今、国境を越えて働く人々の優劣の差が瞬時に比較されるようになると、いわゆる「要素価格均等化定理」に沿って、同じ能力、同じ技術水準、同じ働く意欲の人達の報酬については、限りなく同じレベルに収斂していく。結果として、どこの国においても格差の問題が生ずる。日本においてもこの「定理」が冷徹に社会の隅々にまで浸透するようになった。
     格差の問題に加え、世代間の受益と負担の公平性の問題が出てきている。公的債務返済の負担はこれから働き手の中核になる若い人達により重くのしかかるし、社会保障制度も現実の人口動態を前提にするとやはり若い人たちの負担が増える一方の仕組みとなっている。
    これらを冷静に受けとめ、円滑に調整していけるよう社会において意識レベルの向上が求められている。

(2)価値体系の見直し

  1. われわれは、戦後長きに亘り経済の価値体系を優先し、文化の価値体系と安全保障の価値体系を後回しにしてきた。これから先はイノベーションで競争に勝ちにいくにしても、文化の価値体系を抜きにしては難しい。狭い意味での技術革新だけではなく、知識創造の面が重要となってきているので、イノベーションは文化との融合の中で達成されていかなければならない。
  2. また、地政学的リスクが増える中で生存競争に立ち向かっていくときに、いつまでも安全保障の価値体系を置き去りにしていることは大きな問題である。
     例えば、日本は排他的経済水域まで含めると世界有数の広さを持つ国である。これからは海底資源の開発についても経済政策の対象として視野に入れながら国づくりをしていかなければならない。排他的経済水域は他国と重なる部分もあり、実効支配を守る安全保障の枠組みがどうしても必要になる。実効支配している日本を不用意に攻めると、攻めた国に対する国際的な目が変わり、むしろ不利ではないかと思わせる。国際的な監視の中で日本をいつも有利なポジションに置けるような外交政策を含めた戦略体系を仕立て上げ、経済政策と重ね合わせて運営していくことが大切である。

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講演後の懇親会で、講師の福井俊彦氏を囲み歓談する皆さん