一般社団法人 ディレクトフォース 5月勉強会
テーマ:「新聞・テレビはどうなるか
ネットの猛威で変わるメディア環境」
一般社団法人ディレクトフォースの5月勉強会は、5月17日に学士会館において会員約100名が参加して開催されました。今回の講師は会員の猪熊建夫氏にお願いして、「新聞・テレビはどうなるか ネットの猛威で変わるメディア環境」というテーマで講演いただきました。
猪熊氏は、毎日新聞社現役時代に経済記者として様々な事象を新聞というマスメディアにより報道されてこられました。同社を離れたあとも幅広い知識と優れた見識を生かして船井総合研究所役員や映像製作ビジネスのトップとして活躍されました。現在は「メディア論」「コンテンツ産業論」をライフワークにしながらベンチャー企業等のコンサルタントとして精力的に活動されておられます。
今回のお話は、急激なネット革命によりこれまで長く情報伝達手段とされた新聞、本、雑誌などの「紙離れ」と「テレビ離れ」が進行しており、マスメディアの衰退が始まっている。IT化が更に進めばこれからの10年でマスメディア市場は半減すると予測される。しかしネットは独自に1次情報を収集することが出来ず、ネット上のニュースは2次情報が主体である。マスメディアから1次情報の提供を受けられなければ、ユーチューブなど「新しいジャーナリズム」には自ずと限界がある。既存マスメディアとネットが提携し、融合する方法を模索する必要があると解説されました。
詳細は次のとおりです。
1.情報通信革命が起こりつつある 人類の情報伝達手段の変遷
- 人類の歴史においてまず言葉や文字ができ、その後AD105年の蔡倫による「紙」の発 明と15世紀半ばのグーテンベルグによる「活版印刷技術」の画期的な発明によって「紙と印刷」の時代が始まり、これまで550年続いてきた。
- 19世紀後半からは電気・電子・通信機器類が急速に開発された。カメラ、蓄音機・レコード、電信固定電話、映画、FAX、ラジオ、テレビ、CD/DVD、ビデオ、パソコンなどにより電子情報通信の発展が進んだ。
- 1995年を元年とするインターネット時代に突入。インターネットは安いコストで大容量の情報を全世界に双方向で送れる画期的な技術。当初はパソコンによるものであったが、1999年にNTTドコモが世界で初めて携帯電話によるインターネット接続を可能にするIモードを開発、ネット接続はパソコンと携帯の2本立てとなる。
- その後、高機能化された携帯電話スマートフォンが一気に増加。2012年度の携帯電話出荷数はスマホが50%を超え世界市場で10億台に達する見込み。スマホは小さな運べるパソコンとして個人情報端末の万能メディアとなり、今後パソコンが売れなくなり、デジカメ、ナビが全滅するかもしれない。
このように急激な情報通信革命が起こっているメディア社会で、新聞あるいはテレビとインターネット(スマホ)が共存できるのかが焦点になっている。また現在の電力消費の5%程度がネット関連によるものとされるが、このままネットが増加すれば15%、20%に及ぶと推定され、電力消費がネットによる情報通信量の増加のネックになる懸念がある。
2.1日のメディア接触時間
博報堂DYメディアパートナーズ・メディア環境研究所の「メディア定点調査」を基にした年代別、男女別の2007年と2011年の比較は次のとおり。
- 1日のメディア接触時間は「PCからのネット接続」「携帯からのネット接続」が大幅に増加しているのに対して、世代によって多少の差はあるものの、「テレビ」「ラジオ」「新聞」の接触時間は大きく減少している。とりわけ、どの世代においても「新聞離れ」がくっきりと現われている。
- 若い世代の場合は仕事の関係もあるから私的なものばかりと一概にはいえないが、PC・携帯からのネット接続は15歳〜19歳の男性がここ4年間で104.5分から176.1分に、新聞は14.4分が8.1分に減少している。20代男性では同じ比較でネット接続132.2分が208.4分になり、新聞は21.8分が12.5分へと減っている。60代の男性をみても、2011年のPC・携帯からのネット接続は64.6分となり新聞の47.3分を上回っている。
- 世代によっては「テレビ離れ」が始まっている。テレビは付けていても画面はろくに見ないでケータイやメールをしている「ながら視聴」「低関与視聴」が、とりわけ10代から30代に多いといわれる。ここ4年間だけでもこのように激しく変化しているから、10年間でみれば「新聞離れ」の現象はもっと顕著なのかも知れない。
3.広告はインターネットになびく
- 電通の推計データによれば、日本の広告費は2007年の7兆円をピークに漸減しており、11年には5兆7千億円になっている。パイ縮小が続くなかでネット広告は独り勝ちの状況。
04年にラジオ広告、06年に雑誌広告更には09年に新聞広告も抜いた。05年の3,777億円が11年には8,062億円に達している。ネット広告はターゲットを絞り易いし、広告単価が安い。次の焦点はテレビ広告17,237億円に追いつき、追い越すかである。
- 地上波テレビの収入は80〜90%が広告で、新聞は広告収入が下落して25%に。出版業では雑誌が10数%を広告に依存している。広告収入減で既存マスメディアのビジネスモデルは破壊され、ジャーナリズム機能が衰退していくのだろうか。
- 広告減少の原因は景気の低迷と消費の減少にあるが、自動車産業のように消費が伸びない国内で広告するよりも海外にシフトして広告するようになったことが関係する。これまで最大の広告の出し手であった家電メーカーも決算が悪化しているので広告に多大の費用を費やす余裕はない。最終消費財メーカーは消費の伸びない国内市場よりも輸出相手国や現地生産国での広告に重点を置くから当然のこととして国内の新聞、テレビの広告を押さえて消費が伸びる新興国で広告を出すようになっている。
- 広告がインターネットになびく理由は、相手の属性がはっきりしていることにある。グーグルやアマゾンはターゲットを明確にして顧客の趣味、行動履歴に合ったネット広告をきめ細かく行うことで効果を上げている。
4.紙離れ
- 若者・青年の半数は新聞に接触していない。新聞の宅配率は75%に低下、4軒に1軒は新聞を取っていない。新聞社は軒並み減収、減益で赤字転落の企業も出ている。「本・雑誌」はもっと深刻で「出版不況」は底なしの状態。まさしく紙離れというべき状況である(一般に活字離れ、文字離れといわれるが、携帯やパソコンなど各種端末で文字を使って盛んに作文しているのだから活字離れ、文字離れという言葉は正確ではない。「紙離れ」というべき現象である)。
- 日本の新聞社はこれまでは順調に繁栄してきたが、「1940年体制」「日本語というNTB」「日刊新聞紙法」「再販制度」などの特権に守られてきたことによる。
- 「1940年体制」というのは、戦時経済体制のもと紙の割り当てや1県1紙というような仕組みを作った。その仕組みが今日まで続いてきた。
- 「日本語というNTB」は、ノンタリフバリア(非関税障壁)即ち日本語を話すのは1億2千万人の日本人だけであり、日本の新聞は外資の投資対象にはならなかったこと。
- 「日刊新聞紙法」は、定款で定めれば新聞発行に関係しない者は新聞社の株式を持つことができないという特別法。
- 「再販制度」とは、新聞は日本のどこで売られても同一価格、これを小売段階まで守らせる制度(独禁法の適用除外)。
- 新聞社も紙離れに対応するため、日経新聞や朝日新聞が有料電子版を始めたが「ネット情報に課金すること」は不評で上手く行っていない。
5.「テレビ離れ」も進む
- 視聴者のテレビ離れ、視聴率低迷が始まっている。つまらない番組ばかり、テレビよりもパソコンに時間を割く、多チャンネル時代になり視聴は分散化傾向、インターネットの動画配信サイトが盛んになったなどが関係している。
- テレビ番組のネットへの同時配信が焦点となる。NHKが言及したことがあるが、ローカル局体制の崩壊に繋がるとして民放は絶対反対の立場。NHKにも現行の受信料制度が壊れるとして反対意見がある。
- どの産業においても業界再編・集約化が進んできたが、新聞・テレビは規制業種としてこれまで無風状態だった。広告収入減少が続けばテレビ業界も再編・集約せざるを得なくなる。
- ジャーナリズムに「公営」は不要であり、NHKは民営化すべきと考えられる。NHK予算が国会議決に左右されることからも問題が生じている。ネットへの同時送信によって受信料制度も崩れるから民営化を考えるいいチャンスとなる。
6.ジャーナリズムはネットで代替できるか
- ネットを通じて流れる情報量が増加する。しかし情報に対する需要は少ししか伸びないから、情報の値段は下がる一方で情報デフレ時代、グーテンベルグからグーグル・フェイスブックへ(印刷からインターネットへ)の時代となる。
- ネットは文字、音声、動画を双方向で瞬時に世界中に送受信できる点でテレビを上回る力を持つ。テレビからフェースブック、ユーチューブへの時代の変化が北アフリカ、中東の民衆蜂起に大きな影響を与えた。
- しかし、ネットは単なる情報通信基盤に過ぎない。コンテンツやニュースの創造力がない。グーグル、ヤフー、マイクロソフト、フェースブックなどは自ら「メディア」になろうとはしない。しかし「ネット帝国主義」での世界制覇をもくろんでいる。
- 既存マスメディアの市場は、向こう10年で半分になるかもしれない。ただ、ネット上のニュース(一時情報)の99%が既存マスメディアの提供によるもの。それだけに一次情報収集能力をもつ組織ジャーナリズムが衰退すればネット系企業も困る。ユーチューブ、ニコニコ動画、ヤフー動画、ユーストリームなどの「新しいジャーナリズム」には限界がある。
7.ITは米国の若者が支配
- インターネット交流サイト(SNS)最大手のフェースブックは、6年前の2006年の創業。12年3月末の登録者数が9億人を超える。米ナスダックに上場するが、時価総額はいきなり1000億ドル突破の可能性がある。創業者CEOのマーク・ザッカーバーグは1984年生まれ
- マイクロソフトは1955年生まれのビル・ゲーツが創業。IBMのOS開発を受けて急成長。1999年12月の株式時価総額は6200億ドル。
- グーグルは、スタンフォード大学博士課程ニイタラリー・ペイジとセルゲイ・プリンが検索エンジンの原型を開発、98年に設立したもの。世界の検索市場を席巻、ヤフージャパンもグーグル技術に依存している。
- ユーチューブは創立20ヶ月後の06年にグーグルが邦貨2000億円で買収。創業者3人は当時20代後半であった。
- アップルはOSでマイクロソフトに敗れたものの、「アイポッド」で復権、07年の「アイフォーン」(高機能形態電話)で世界を席巻。2012年4月の株式時価総額は6000億ドル。創業者スティーブ・ジョブズはソニーをお手本にしていたという。
- 日本のIT産業の独創技術は皆無に近い。ソフトバンク、楽天、DeNA、グリー、ミクシーなどは「ネット活用流通サービス業」にしか過ぎない。日本にザッカーバーグのような青年がなぜ出てこないのか。このままでは「IT帝国主義」「英語帝国主義」にやられてしまう。
- 中国だけは例外で、太子党の優秀な若者をシリコンバレーに送り込み、国産の検索技術や先端ネット技術を自前で開発。サイバー戦争でも米国に対抗して、やがて「IT中華帝国」を作り、世界を制覇するかも知れない。