永尾 経夫
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![]() 奨学金授与式の模様 |
1月中旬トルコに講義をしに行くことになった。DFから大学で講義をすることを時折頼まれるが、今回はトルコである。『日本財団』がトルコで学ぶ中央アジアからの留学生に奨学金を与えている。その授与式で留学生になにか話せというのである。
トルコは東西の接点にあって歴史の中心にしばしば登場してきた国。そして今、トルコは中央アジアを含めた地域のなかでは経済が最も進んだ国。一方、中央アジア諸国は旧ソ連の崩壊で突如1991年に独立することになった若い国。その中央アジアからトルコに多くの留学生が来ている。トルコ政府は中央アジア諸国に同朋意識を持っているようで、彼らに奨学金を与えている。しかしその奨学金は十分でない。そこで『日本財団』は優秀な留学生に奨学金を与えることを数年前から始めた。中央アジア諸国はソ連の崩壊で唐突に独り立ちをさせられたようなもので政治も経済もとまどいが続いている。そこで私は、中央アジアの留学生に、シンガポールがどのようにして経済発展を遂げたか、日本企業はどう関わってきたかを話すことにした。シンガポールが独立したのは40年ちょっと前のこと。独立当時は資源が無い、地場産業もない、失業率が高いなど周辺諸国よりも不利な状況であったシンガポールが、いまや東南アジアでは格段に豊かな国になった。日本企業をはじめとする外資をうまく導入しながら産業を発展させたのである。国の発展においてリーダーシップの大切さと、外資導入にあたって透明性の大切さなどを講義した。留学生はそれぞれの母国で将来のリーダーになることが期待されている俊才ばかりである。彼らは、資源もなにも無いシンガポールが出来たのなら資源がある自分たちはもっと経済発展をできる可能性がある、と感じる一方、自国の独裁政治や腐敗にあらためて憤慨し、これではいけない、と思ったようである。講義のあと何人かの留学生と懇談したとき、彼らは口々に政治の腐敗と経済の停滞で自国の状況は絶望的であるが、自分は自国に戻って仕事をしたいので、今日の話を参考に自国の発展に努力したい、思いを述べてくれた。将来国を背負う彼らにいい話ができた、とうれしくなった。なかには「自分の国には革命が必要だ」といきまく学生もいたが、私は扇動罪になるわけにはいかないので「できることからやったらいいのでは」、と『大人の立場』であわてて抑えにまわる場面もあった。
講義はアンカラとイスタンブールの2ヶ所で行った。留学生は合わせて130人くらい。数学、物理、建築、医学、生物など専攻はさまざま。ロシア人の顔、ヨーロッパ系、モンゴル系、朝鮮系など顔つきは実に多様だ。女性も3割ぐらいいた。どこにも優秀な女性がいる。
トルコは不思議な国である。決して裕福とはいえない国だが、多数の留学生を受け入れ奨学資金を出している。長期的な地域の安定を願ってのことだろう。不思議といえば、イスタンブールが不思議な町だった。東ローマを回教徒のオスマントルコが征服したとき、キリスト教会をモスクに転換して使い続けた。しかもキリストの絵をモスクに残したままにしているのだ。イスラムは一神教である。一神教では本来考えにくいことがトルコでは起こった。征服者はしばしば前時代のものを破壊してしまうことが多いのに、トルコ人のなんという包容力だろう。東西の接点にあってたえず緊張を強いられてきたトルコ人はキリスト教徒をも包み込もうとしたのかもしれない。
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永尾氏の講義の様子 |
不思議といえばイスタンブールの中心にかかっている橋の上から大勢のひとが釣りをしていること。平日でも朝から夜まで橋の上は立錐の余地がないほど釣り人でいっぱい。退職者と失業者が釣りをしているという話しであったが、なんと平和に見えること。地元の新聞では失業率が10%を超えた、とか、政治に関する学生の激しいデモが行われるなど、社会は平穏無事ではないのに、この釣り人たちののどかさは一体何だ。僕も釣りが好きなので釣り人のそばまで見に行った。すると子アジと子いわしがときどき釣れている。毎日毎日こんなに大勢の釣り人に釣られても釣られても魚がいる。トルコは懐が深いのだ。
トルコはとにかくスケールが違う。日本は歴史がある国と思っていると、トルコの古さというのはBC3000年ころをさす。日本の縄文時代にはもう金属器が使われ、文化・芸術が花開いていた。古い時代の建造物をよく残している。むしろ最近の建築物がない。トルコの大学で建築学を学んでいる中央アジアからの留学生と話をした。彼女は「トルコは巨大なモスクを古い時代から造っていたことに驚く」と言った。アヤソフィア大聖堂は6世紀に建てられたもの。あれだけの巨大で精巧な建造物がそんな昔に造られた。しかし彼女により必要なのは現代の建築のはず。しかし、トルコには最先端の建造物はない。しかし、彼女の国にはもっとない。トルコはあの地域では先進国。だから彼ら彼女らはトルコに勉強に来る。
もう一人の学生は分子生物学を勉強していた。目標は診断器械に応用すること。ところがトルコには実験設備が整っていない。欧米にある。日本の東芝も力を入れている。しかしそんなトルコでも自国よりははるかに進んでいる。だからトルコで勉強していると。
日本財団は彼ら留学生に奨学金を与えて勉強を励ましている。味のあることだ。
往復を入れて一週間のトルコの旅だったけど、見る事、聞くこと発見ばかり。
ありがとう、日本財団さん、DFさん。
以上
筆者の経歴
1945年8月生まれ
1969年東京大学法学部卒業、住友化学株式会社に入社
住友化学石化業務部長を経て住友化学シンガポール副社長。2005年12月退職
2006年12月ディレクトフォース会員