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談論風発ひろば

談論風発ひろば (2022)

2022年9月16日 掲載

『「昭和の成功体験」を語る老人に若者は一切耳を貸すな』を論ずる

藤村 峯一(499)

談論を活発化するために刺激的な話題を探ってみたところ、やや古くはなるが次の記事が目に留まった。

ダイヤモンドオンラインの
「昭和の成功体験」を語る老人に若者は一切耳を貸すな(上久保誠人:立命館大学政策科学部教授)

記事の要約は

若い人たちに言いたいことがある。それは、「昭和の成功体験を語る老人たちの言うことは一切聞くな」ということだ。昭和の高度経済成長というのは、米国に守られ、米国に食べさせてもらったからであって、その時代に生きた人たちが努力をして成し遂げたというのは、完全な勘違いである。

この記事について議論することは著者の上久保教授とダイヤモンドオンライン*1の術中に嵌ることを敢えて知りながらDF100歳総研の有志と議論して見た。

  1. 「何たることを言うのか」的意見
    • 雑駁、短絡、決めつけ シニアは意固地と決めつけている
    • 歴史に学べ
    • 若い世代は今自分たちが比較的裕福である経緯を知れ
    • 世代を分割し敢えて対立させるのは恣意的
    • 昭和と言っても広い(戦中からの苦労体験者から豊かになる上り坂だけ体験まで)
    • 老人がいるから GAFA (Google · Amazon · Facebook · Apple) のようなイノベーションが生まれないとは理論に飛躍がある、古い殻を突き破るのがイノベーション
  2. 「なるほど、もっともだ」的意見
    • 確かに上から目線で俺がやった。昭和は頑張った発言をする老人が多くて見苦しい
    • 米国の政策が高度成長の要因であることは確か。しかし時代、環境を見事に利用した力と努力で実績を残したのも事実
  3. 結論
    • 威張る老人は止め、謙虚にすべての事は師と思い学ぼう。アンラーニングも
    • 日本では年齢で同期だ、先輩だと分ける習慣がある。イノベーションは多様性からと思うので年齢間の相互交流こそ大切ではないか
    • それにしても老人による五輪汚職、若者公務員によるコロナ給付金詐欺、政治の税金の浪費、DX後進国。この国はホントにヤバいと思う。老いと若き両方でもっと真剣に根本問題の議論が必要です。
以 上
  1. 本記事はダイヤモンドオンラインの有料会員用
2022年7月

「挑戦するシニアの会」が若手音楽家に演奏の場提供で世代間交流

牧野 義司(1324)

アクティブシニアを含めた高齢者の集まる組織で陥りやすいのは、若者世代との交流が少なくなり、過去の現役時代の成功物語や自慢話ばかりが中心テーマになりかねないことだ。英語で言えば、GOOD OLD DAYSを語り合うことだが、下手すると自慢話会だ。

しかし、私は、これから本格化する高齢社会、あるいは「超」の字がつく超高齢社会では、次代を担う若者世代と世代を超えて交流することが重要になってくる、と思っている。
幸いにして、DF(ディレクトフォース)のメンバーの人たちは、中学校や高校の現場に「課外授業」の形で出向いて話し合っている。私自身も、その現場に参加して孫の世代と交流して楽しかったのを憶えている。
大事なのは、若い世代との世代間交流を通じて、彼らから、シニアの世代もつきあってみると面白いな、学びもあるな、と思ってもらい、交流が進むことだ。

さて、そこで今回、「談論風発ひろば」で、若者世代との交流に関連して、皆さんに読んでいただきたいな、と思う話があるので、ご紹介したい。それは、私がかかわる「挑戦するシニアの会」がコロナ禍などで演奏機会が少なくなっている若手音楽家の人たちを応援しようと、コンサートを年2回ほど、開催している話だ。

たまたま、私がかつて勤めた毎日新聞OB会の「毎友会」担当者から、「挑戦するシニアの会」が若手音楽家を応援してコンサートを開催している、と聞いたので、ぜひ、「毎友会」のネット上のホームページに書いてほしい、という依頼があり、書かせていただいた。皆さんにも参考になる話なので、記事を転載させていただくことにした。以下が、その記事なので、ぜひ、ご覧願いたい。


「毎友会」ホームページ
元気で~す 2022年6月20日 記事
https://www.maiyukai.com/genki

元経済部の牧野義司さんが「挑戦するシニアの会」で積極的に活動

コロナ禍で苦しむ若手音楽家の支援でコンサート、「挑戦するシニアの会」が主催

ちょうど1か月前の5月28日午後、東京千代田区の区立いきいきプラザ地下ホールで、コロナ禍で演奏機会が少ない若手の音楽家を支援しようという「挑戦するシニアの会」(早房長治代表理事)主催の「ワンコイン」コンサートが開かれた。この日は写真のように、ヴァイオリン演奏の東亮汰さん、ピアノの五十嵐薫子さんの若手2人による協奏だった。
「挑戦するシニアの会」の話をする前に、まずは、この日の演奏の話から始めよう。

ヴァイオリンの東さん、ピアノの五十嵐さんの若手2人はハイレベル

2人の演奏者のうち、ヴァイオリン奏者の東亮汰さんは桐朋学園大学を今年春、首席で卒業したあと、同大学院音楽研究科に進学、修士課程1年生に在学中という文字どおりの若手。初々しさを残す顔立ちだが、演奏に関しては、群を抜いている。数々の優秀な若手音楽家を輩出している日本音楽コンクールの第88回大会でヴァイオリン部門第1位、併せて鷲見賞などを受賞、その後、東京交響楽団や東京フィルハーモニーなどと堂々と共演している。

昨年の第18回ショパン国際コンクールで第2位受賞の反田恭平さんは、今や世界に誇る音楽家であると同時に、事業感覚も持ち合わせていて、音楽家の活動の場を音楽家自身で創出するため、JAPAN NATIONAL ORCHESTRA という株式会社組織を立ち上げた。東さんは、そのコアメンバーとして、プロジェクトに参画するほどの実力の持ち主。

ピアノの五十嵐薫子さんも、東さんに負けず劣らずで、日本音楽コンクールのピアノ伴奏で審査員特別賞などを受賞。また日本ショパンコンクールで優勝といった実績を持つ。

フランクのヴァイオリンソナタの4楽章を2人で演奏したのは圧巻

こうした実力ある2人の演奏なので、レベルの高さは、すごいものがある。 まず、クライスラーの「プレリュードとアレグロ」、続いてブラームスの「F.A.E.、ヴァイオリンソナタよりスケルツォ」を一気に演奏した。いずれも深い音色が印象的だ。このほかサン=サーンス「死の舞踏」も演奏した。

圧巻は、休憩後の後半の部で2人が演奏したフランク「ヴァイオリンソナタ イ長調FWV8」だった。何と第1楽章から始まって、第2、第3、第4楽章までのトータルで30分近くの長時間演奏にチャレンジし、楽章が終わるごとに、ひと呼吸を置きながら、2人はタイミングよく、次々に演奏し、見事に4つの楽章を弾きこなした。会場ホールの100人近いシニア、若手の聴衆たちは、その迫力ある演奏に誰もが魅了された。終わっても拍手がなかなか鳴りやまなかったほど。

「挑戦するシニアの会」はもともと経済社会課題を討議、問題提起する組織

こんなすごいレベルの若手音楽家を見つけ出し、コロナ禍で演奏機会が少ない彼らのためにコンサートの「場」づくりの形で支援、という「挑戦するシニアの会」は、どんな組織なのだろうと思われることだろう。

実は、演奏機会が少ない若手音楽家を支援する目的で始まった組織ではない。もともとは、アクティブシニアをめざすシニアが中心になって、経済社会が抱えるさまざまな重要課題に関する意見交換・学習会を通じて世の中に対して問題提起、とくに重要な問題についてはシニアの立場で意見をまとめ、政府や公的機関、政党、企業やメディアに提言していくという、文字どおり豊富な人生経験、活発な問題意識を持つシニアが時代に対して積極的にチャレンジ、挑戦しようという趣旨で立ち上がった組織だ。

公立中学に出張講義したり、超高齢社会のシステムづくり

代表理事の早房さんは、地球市民ジャーナリスト工房の代表で、朝日新聞OBの経済ジャーナリスト。その取り組み、志(こころざし)に共鳴して、私が所属した毎日新聞と新聞社は異なるが、活動に積極的に参画、今は理事の立場で、会の運営にもかかわっている。

当初は、シニアメンバーのうち、太平洋戦争中に生まれた世代が中心になって、東京都内の公立中学生に歴史教育の課外授業という形で出張講義に出向き、悲惨な戦争に巻き込まれた体験を語ると同時に、日本がなぜ戦争を引き起こし経済社会に混乱をもたらしたかなどの話を語ることで、後世代につなげていこうという活動に取り組んだ。

メンバーの中にはジャーナリストOBが多いので、その時々の日本の政治経済課題について意見交換する勉強会も活発に行っている。それだけでない。高齢社会に「超」がつくほどの高齢社会化が進行するのに伴い、シニア世代にとって、その新時代に合わせた社会システムづくりが課題になるため、互いに情報を共有して、新たな社会システムには何が必要か、取り組み課題は何かなどに関しても研究し、時には提言を行っている。

コンサート開催は2014年から15回、コロナ禍で中止の時期も

シニアがシニアの世界に閉じこもってしまうことは何としても避ける必要がある。そこで早房さんらが中心になって、「挑戦するシニアの会」を立ち上げたが、若い世代などとも積極交流の場をつくることが必要との判断から、冒頭の若手音楽家支援のコンサート開催に取り組んだ。

このコンサートに関しては、コロナ禍前の2014年から毎年春と秋の年2回、東京都内の千代田区にある地域活性化のための施設、いきいきプラザの地下ホールを借りて開催してきた。今回で15回目となる。コロナ禍の長期化で、感染リスクが高い音楽ホールでのコンサートや音楽会が中止や延期に追い込まれるケースが多く、そのあおりを受けて「挑戦するシニアの会」のコンサートも中止を余儀なくされたことが多々あった。

コンサートに関しては、千代田区のホールなど施設活用時の会費や入場料の上限制限があり、「挑戦するシニアの会」の独自判断で、ワンコイン、つまり500円玉1枚でクラシックコンサートが楽しめるようにと入場料を500円に設定した。音楽家への謝礼や会場ホールの使用料などは、これだけではまかないきれないので、東レ、セコム、清水建設、旭化成などの企業からコンサート支援の寄付をいただき、やりくりしてきた。しかしコロナ禍で、企業サイドも経費節減経営を強いられており、今後は入場料とは別に運営費のねん出のため、年会費プランをつくって、会員に呼びかけるようにしている。

(牧野 義司)

牧野義司さんは、早稲田大学大学院経済研究科卒業後、1968年に毎日新聞東京本社入社。山形支局を振り出しに地方部地方版編集を経て経済部に。一時期、新設の特別報道部に出向したが、経済部で大半、経済取材にかかわった。1988年、ロイター通信に転職、その後、2003年に生涯現役の経済ジャーナリストをめざし、メディアオフィス時代刺激人を立ち上げて取材活動。メディアで培った問題意識や人脈ネットワークなどを生かしてインターネット上などで情報発信、同時にコンサルティングビジネスにも関与、アジア開発銀行や日本政策金融公庫、それに複数の企業でコンサルタントとしての活動を経て、現在に至っている。今回の「挑戦するシニアの会」などの活動にも積極参加している。78歳

2022年4月

私のコロナ禍対策はラジオ体操と神社奉仕

平尾 光司 (1190)

10年ほど前から近所のラジオ体操の会に参加している。会場は、鎌倉市内の自宅から20分ほどの源氏山の一角にある葛原が岡神社の境内である。源氏山は標高92メートル。鎌倉の第二の高い地点で、西に富士や丹沢を、東に相模湾を望むことができ、北鎌倉浄智寺から大仏に抜けるハイキングコースの中間点にあたる。わが家から神社へのゆるやかな坂道は緑が深く、森林浴のコースでもある。

ラジオ体操効果?実年齢よりも15歳若い体力と評価

毎朝5時半に起床、6時には自宅を出て20分ほどで会場の神社に着く。境内の本殿、稲荷社を参拝し6時半からラジオ体操となる。最近は休校中の学童、テレワークの若者も参加してにぎやかになった。会場の境内は広く、コロナ感染対策の面でソーシャル・デイスタンスはゆったり確保できる。

ラジオ体操は、第一と第二と合わせてわずか10分で26の運動メニューをこなす。深呼吸の整理運動で終わると、冬でも汗ばみ、身体がすっきりする。雨の日は自宅でテレビ体操する。毎日の会場までの往復は約5500歩。1日1万歩の目標の半分以上を稼ぐ。

最近の研究によると、ラジオ体操を3年以上、週5日以上続けている高齢者は何と体内年齢が実年齢より10-20歳以上若い、という。先日、人間ドックを受けたところ体内年齢が68歳で実年齢83歳より15年若いと診断され、気をよくしている。

会場の神社奉仕活動で仕事と地域の人的交流の輪

ラジオ体操の縁で、神社整備の奉仕グループ(葛原岡神社崇敬会、通称葛、かずらの会)に参加し、会長を務めている。境内の清掃、樹木剪定、アジサイ手入れ、植栽などの奉仕活動を毎週木曜日と第二日曜に行っている。奉仕活動で汗をかいた後の懇親会も楽しみである。境内で取れる野菜、山菜、椎茸、たけのこなどを材料として会員のシェフが腕を振るう手つくり料理にアルコールも入り楽しい交流が深まる。

会員は建設・土木、電機、農業、家具、ホテル、自治体職員など多様な分野で活躍した人材が揃っており、それぞれの専門技能を提供している。会員の平均年齢は75歳、最高齢は90歳とアクティブシニアの集団である。

我々の10年かけた活動で、薄暗い神社の境内を明るくした。肝試しの会場のような鬱蒼としていた境内の参道を明るくして、手作りのベンチ・椅子で「こもれび広場」をつくり、参拝者、遠足の学童が休憩をとり弁当も使える場所を提供している。ビオトープも整備して金魚、鯉、亀を放流し子供たちに喜ばれている。

地域交流で自前の文化祭、写真展や俳句祭りも

行楽シーズン・お正月には女性会員がおでん、甘酒などのおもてなしを提供している。正月の餅つき大会も人気がある。搗き立てのきな粉餅の売店には行列ができるほど。神社の例大祭、新年祭には会員が総出で本殿の煤払い、提灯飾りつけを担当する。

秋には自前の文化祭を開催し手作りのステージで日本舞踊、詩吟、パーカッション、子ども太鼓、ジャズなどのパフォーマンスと写真展、俳句祭り、レコード鑑賞を3日間かけて楽しむ。残念ながら、ここ2年は、文化祭がコロナ対策のために中止、投句による俳句祭りだけとなった。
境内には無患子(むくろじ)、樅、イチョウの巨樹をはじめサイカチ、真榊(まさかき)など鎌倉には希少な植生が豊かである。

あじさい4千本を神社に植え、今では人気スポット

「葛の会」が発足してからあじさいを4千本植えて「あじさい神社」として鎌倉の新しい人気スポットになった。目標は1万本である。毎年、会員総会の日には会員家族総出で紫陽花を植えている。これも昨年はコロナで中止となり有志による植栽となった。

「葛の会」の紫陽花手入れの活動は昨年、日本テレビの「ぶらり途中下車の旅」で紹介され小生も出演した。最近嬉しいニュースは、七里ヶ浜のファッション工房Dope&Drukkerさんが、我々の紫陽花で染めた Tシャツ、ハンカチなどを鎌倉goodsとして製品化して市販が開始されたことである。鎌倉らしい地域資源の紫陽花の活用が嬉しい。

ラジオ体操で免疫力、コロナ対応の家籠りに変化

ラジオ体操と神社奉仕活動で免疫力を高め、コロナ対策で家籠りが多かった毎日にメリハリがつけることが出来ている。

葛の会発足時に桜苗木を30本ほど植樹した。「我々が生きている間にお花見はできないであろう」と語り合っていたが、いまや立派に成長し冬桜から八重桜までお花見を楽しんでいる。これもラジオ体操と神社奉仕の御利益であろう。

境内のラジオ体操青葉風
あじさいを剪る来年の花願ひ
悪疫の宙を自在に夏燕
疫病を鎮むる祝詞大祓い

2022年4月

超高齢社会時代対応でぜひ「身軽化」作戦を

牧野 義司 (1324)

自宅売却で固定資産ゼロに、賃貸マンションへ転居

アクティブシニア、そして生涯現役経済ジャーナリストを目指す、という高齢78歳の変わり者?男性が、人生パートナーの奥さんと話し合い、21年間、住み慣れた東京郊外の調布にあった自宅を資産売却の形で思い切って処分、固定資産を一気にゼロにした。そして、新たに東京都内のシニア向け新築賃貸マンションに夫婦で転居した。
家財や蔵書などの「断捨離」により思い切って身軽になることが、今後の超高齢経済社会時代への対応に重要になると考えた、という。名付けて「人生身軽化作戦」だそうだ。

実は、この話は、私自身の最近の取り組みに関することだ。「えっ、78歳の年齢で、断捨離して転居?何とも思い切った決断だな」と思われるかもしれない。

「終活」発想ではなく人生終盤への再チャレンジ

私の場合、人生「終活」といった人生の店仕舞いの発想ではなく、人生の終盤時に再活性化チャレンジのきっかけにするため、余力のあるうちに身軽になっておこうと考えた。同時に、私が経済ジャーナリストの立場で、日ごろから超高齢社会の経済社会システムデザインが必要と発言していたため、率先垂範して対応が必要、と考えた結果だ。

ディレクトフォースの方々と私の体験を話していたら、数人の方々から「とても参考になる話だ。情報共有してほしいだけでなく、断捨離の苦労などをお聞かせ願いたい」という声が多かった。そこで、DF100歳社会総研(DFRI)のホームページのコラムでお届けすることにした。ぜひ、みなさんの事例研究の材料にしていただけば、と思う。

予想外に労力と時間、でも早め決断は大正解

結論から先に申し上げよう。この「人生身軽化作戦」は、私にとって予想外に労力と時間を伴うものだった。とくに家財道具や蔵書などを大処分せざるを得ず、夫婦で四苦八苦の日々が続いたのは事実。でも、今は転居してみて本当に身軽になり、新たな気持ちでアクティブに活動できている。早めに決断し行動したのは大正解だった、と思っている。

まず、私の場合、両親がともに、かなり以前にほぼ85歳で他界しており、親の介護などの問題がほとんどなかった。3人の子供たちは会社勤め、あるいはベンチャービジネスを立ち上げて活動しており、あとは私と妻の2人で今後、どういった生活スタイルで行くかだけだった。親の介護問題などを抱えておられる方々からすれば、相対的に恵まれた状況にあったことは間違いないが、どんなレベルにあっても、チャレンジは可能だと思っている。

自宅という固定資産の売却処分が最大ポイント

身軽化作戦の最大ポイントは、固定資産を持たずにすることだと最初に申し上げた。理由はいくつかある。私自身は運よく健康で、アクティブに動きまわっている。しかし、いずれ認知症などに陥って判断力がなくなるリスクがある、自宅の老朽化が進めば売却処分が難しくなる、また、固定資産税の税負担、庭の手入れや屋内の部屋の掃除などの作業から解放されたいと考えたことなどがポイントだ。

ご近所づきあいを含め地域社会に区切りをつけるのは悩ましい問題だが、私、妻の両方とも「身軽化作戦」による人生終盤に向けた新生活スタイルの切り替えを重視した。
そして、ぜひ申し上げたいのが、身軽になるとしても、自宅売却後に新たにマンションなどの固定資産を持ってしまっては、同じリスクがつきまとう。そこで、シニア向けに新たに開発された賃貸マンションに転居するのがベストと考えたことだ。

介護サービス付きとは異なるシニア向け賃貸マンション

転居先のリサーチをしたところ、既存の民間マンションは、生活保護世帯に続いて高齢者の入居に対し敬遠気味だったので、最初から除外した。また、介護サービス付きの高齢者向けマンションがあるが、私たちはまだアクティブに動いており、それも選択肢になかった。

そうした中で、住宅開発企業が、シニア向けの賃貸マンション開発を始めており、建設中の東京杉並区内の新築現場を見学した。2LDKで72平方メートルのゆったりスペースで、バリアフリーの工夫が施され、看護師さんの巡回見回りサービスなどが充実している賃貸マンションだった。しかも賃料が月額ベースでリーズナブルなもので、即座に契約した。夫婦で自炊して独立で生活する形だ。私たち夫婦のどちらかが介護生活を余儀なくされるリスクがあり得るが、その時は次の介護サービス付きの賃貸マンションに移れば済む話だ。

中古住宅の売却はラッキーだったが、引っ越しで大苦労

さて、この身軽化作戦の重要ポイントは、自宅の売却処分がスムーズにいくかどうかだった。軽量鉄骨造りで安定していた上に補強修理を心掛けてきたので、見栄えも悪くはなく商品価値はまだあると思っていた。しかし中古住宅であることに変わりない。売れるだろうか、値下げ要求で苦しむのでないかなどが気がかりだった。しかし売り出してから1か月で運よく売却できた。この点は、ラッキーだった。

予想外に大変だったのが引っ越し作業だった。一軒家から手狭な賃貸マンションへの転居のため、断捨離が必要で、家財道具や蔵書などを大処分せざるを得なかった。とくに私の場合、ジャーナリストという仕事柄、蔵書、それに新聞切り抜きを含めた資料がケタ外れに多く、この処分が難題で、四苦八苦の大整理の日々が続いた。でも、いずれは取り組まねばならない課題であり、私自身が余力のあるうちに行えたのがよかった。

数多くの課題事例、行政や企業は社会システムづくりが重要

私が友人たちと今回の問題を話し合ったところ、数多くの悩みを知った。端的には、超高齢で介護が必要な実家の親を地方に抱えている上に、実家自体の老朽化が深刻、いずれ資産売却などを考えざるを得ず、自身の身軽化は後回しになってしまうケース、さらにはご夫婦のそれぞれの実家、ご本人を合わせた3世帯の老朽化した住宅の老朽化対応、「断捨離」対応が早急に必要など、頭を抱えているケースだった。

事例はこれにとどまらず数多くあり、超高齢社会の現場課題は深刻だ、ということを実感した。これらの課題にどう取り組むかは、私のケースのように、個々人で解決する問題だが、政治や行政のみならず民間企業も、時代の先をしっかりと見据えて超高齢社会時代に対応した経済社会のシステムづくりに取り組むことがますます重要になってきた。そのシステムを日本が作り上げれば、高齢化が深刻化し始める中国やタイ、ベトナムなどのアジアの国々から日本は間違いなくリスペクトの対象になる。いかがだろうか。