シェル構造に取り付かれて
— 学生時代の夢 ⇒ 現実 —

メンバーズ・エッセイ
撮影:神永 剛

2023/3/1 (No. 384)
新宮 清志
新宮 清志

1.はじめに

建築学科3年生の頃(1966年頃)、加藤渉・西村敏雄両先生の著書『曲板構造の設計』(彰国社)のグラビアの写真に掲載の厚生年金新潟市体育館(写真1)や大田区立体育館を目にして、釘付けになった。将来はあのような美しいシェル(後述)の建物を設計できるようになりたい、と強烈に思った。

写真1 厚生年金新潟市体育館(写真提供:(故)西村敏雄博士)
写真1 厚生年金新潟市体育館
(写真提供:(故)西村敏雄博士)

幸いにして大学院修士課程と博士課程では両先生の指導を受けることができ、さらに先生の勧めにより大学に奉職することとなり、研究者への道を歩み始めた。しかし、若手の研究者の頃は、将来本物の研究者になれるのかどうか、屡々ものすごく大きな不安に苛まれた。

現在は名誉教授であるが、院生や助手の頃に、円錐形シェル・双曲放物シェル・楕円放物シェル等数件の構造設計に関わらせて戴いた。今は口にするのも恥ずかしいが、ノーベル賞からは程遠い存在の学者ではあるが、構造工学者として、そこそこ(例えば、国際科学技術財団日本国際賞受賞候補者推薦人、ウィキペディア掲載など)評価を戴けるようになった。これは両先生のご指導と妻の支えがあったからであると考えている。

2.シェルとは

シェルの定義
図1 シェルの定義
(R: 曲率半径、t: 板厚)

「シェル」とは、厚さが曲率半径やスパンの大きさに比して非常に小さい曲がった板のことを言う(図1参照)。適切な方法で支持すれば、外力を主として面内応力で伝達できる利点を有する。シェルのこの力学的特性を応用した構造が「シェル構造」であるが、単に「シェル」ということもある。

シェルを幾何学的形状によって分類すると、次のようになる 文献【1】。なお、「ガウス曲率」とは、主曲率の積と定義されるが、この主曲率について説明するとかなり長くなるので、関心のある方は、文献【2】などを参照されたい。

  1. 正のガウス曲率を有する曲面からなるシェル:2方向に湾曲しており、しかも同一方向に凸の曲面:球形シェル、楕円放物シェルなど
  2. 零のガウス曲率を有する曲面からなるシェル:1方向に湾曲しており、他の1方向は直線となっている曲面:円錐形シェル、円筒形シェルなど
  3. 負のガウス曲率を有する曲面からなるシェル:2方向に湾曲しており、それぞれが反対方向に湾曲している曲面:一葉双曲面シェル、鞍型HPシェルなど
  4. 正負のガウス曲率を有する曲面からなるシェル:波板、トーラスシェル、猿鞍シェルなど

3.シェルは何故強いか?

シェルの一つである鶏の卵は、手で握って潰すのは容易ではない。大学においてシェルに関する講義の最初には、学生に実験をやってもらうことにしていた。実験と言っても特別の装置は必要としない。はじめは、ややか弱そうな女子学生に親指と中指の二本の指で、卵を縦長の状態にして思い切り力を入れてもらう。しかし、壊れそうもないので、次には横長にして同様に力を入れてもらう。当初は、恐る恐るやっているが、壊れないので思い切り力を入れてもらうが壊れない。次に、運動部に入っていて腕に自信がありそうな男子学生に登場してもらう。それでも壊れないときには、どんな握り方でもよいから握りつぶしてみろと言うと、青筋を立てて頑張る。そうこうしているうちに、教壇に立っているこの男子学生の手から、卵の白身と黄身が教壇の周りに飛び散ることになる。

これらの一連の状況を見て、学生たちは本物の卵であったことをしみじみと思い、卵の意外なほどの強さと、卵を壊した学生の戸惑いの様子に、教室は爆笑に包まれる。このようにして、学生諸君は身をもって卵の強さを体験するのである。

4.実例紹介

写真2は、東日本大震災時の宮城県石巻市内の河川流域における被害状況である。中央よりやや左下にシェルと思われる建物をご覧いただけるだろう。これは、地震動により多くの建物が崩壊した後に津波が押し寄せて殆どの建物が流された中で、ちゃんと立っている稀有な建物である。建物の室内は1mくらい浸水したようであるが、建物全体としての被害はさほど大きくはなかったようである。シェルが地震や津波に強い実例の一つといえよう。

写真2 石巻市内の河川流域での被害状況(2011/4/17 著者撮影)
写真2 石巻市内の河川流域での被害状況
(2011/4/17 著者撮影)

5.むすび

2022年9月に北京で、シェル・空間構造の国際会議(現地+Web)があり、文献【3】の題名の論文を発表した。驚いたことに担当部局からの依頼で、別のセッションの座長も行うこととなった。Webで座長を務めるのは初めてであったが、何とか乗り切ることができた。

2023年1月5日に77歳を迎えたが、シェル構造ならびにその関連分野を中心に、もう暫くの間、研究を続けたいものと考えている。



しんぐう きよし(1171)
(日本大学)
(技術部会、写真同好会、歌舞伎同好会)

参考文献

  1. 西村敏雄・新宮清志 他:構造用教材、pp.4-5, 日本建築学会編,丸善1993
  2. 西村敏雄:ベクトルとシェル構造、pp.12-28, 彰国社,1977
  3. K.SHINGU, M.YUKAWA, et al.: The latest status of research on damping characteristics of shell and spatial structures in Japan, pp.3411-3418, IASS/APCS 2022