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2022/10/15 (No.375)

ネットが繋ぐ懐かしい記憶

川瀬 俊治

川瀬 俊治

少し昔の話になります。50歳に差し掛かった頃、司馬遼太郎氏の紀行文や小説を遮二無二読んでいた時期があります。『坂の上の雲』も読みましたが、そのあとがきは長編の本文に相応しく結構な長文なのです。その中に、要約すると、「時代考証の為に元海軍軍人にお話をお聞きし、ネーヴィの雰囲気を知ることが出来た」との一文があり、その元軍人の名前は正木生虎とありました。これを読んだ瞬間、待てよ… この名前は小学生の頃に出会ったあの人と関係があるのではないかと閃きました。

私は京都府の日本海側にある舞鶴市で生まれ育ちましたが、ご存知の通り戦前は海軍基地と海軍工廠があり、戦後は海上自衛隊の基地となりました。自宅は基地に近い旧海軍官舎にあり、毎朝6時に基地から起床ラッパが聞こえ、日曜日の午前中には軍艦マーチが聴こえるような環境でした。友達に自衛官の息子がおり、休みの日には連れ立って基地に遊びに行くのが楽しみで、繋がれた護衛艦に乗せてもらったり、時には体験航海にも連れて行ってもらったりしたものです。自衛隊は国民の理解を得るために、オープンに艦内を見せてくれ、時には自家製ならぬ自艦製?のアイスクリームをご馳走になったりしていました。

海上自衛隊の基地は国道沿いにあり、外からフェンス越しに様々な艦船が見えるのですが、ある時、普段は姿を見せない潜水艦が珍しく停泊しているのが見え、早速、その友達と見学に行こうということになりました。何時もの通り基地の正門から入れてもらい、潜水艦の方に向かったのですが、潜水艦の停泊している埠頭には更にゲートがあり、ここから先は入れないと言うのです。仕方なく、一度基地から出てフェンスの隙間から潜水艦を覗いてみることにしましたが、フェンスの下に張ってある鉄条網と地面との間に隙間を見つけました。当時、潜水艦の基地は呉にしかなく、めったにないこの機会を逃してはと、そこからコッソリ入って、遠巻きに潜水艦を眺めていたのですが、甲板にいた士官に見つかってしまいました。こちらにおいでと手を振るので、てっきり怒られると小さくなっていたら、にっこりと人懐っこい笑顔で乗っておいでと言ってくれたのです。緊張気味に狭い甲板に上がると、なんと中も見せてくれると言うのです。ハッチから艦内に入り、操舵室から魚雷発射管など狭いながらも最新鋭の艦内を案内してくれました。その潜水艦の名前は「おやしお」で、戦後初の国産潜水艦第一号艦でした。機密の多い潜水艦に乗船が許されたのは多分、小学生だからこそかもしれません。子供に対しても優しく親切に案内してくれた人は胸元の名札から副艦長・正木成虎氏と分かりました。小学生にとってはサプライズの出来事であり、珍しい名前も手伝って記憶に刻まれていたようです。

司馬遼太郎の小説で呼び起こされた遠い記憶にある、正木成虎氏はその後、どうされているのか、インターネットで検索してみました。すると、映画『ローレライ』のスタッフ紹介に正木成虎と言うのが出てきました。2005年に公開されたこの映画は第二次世界大戦時に特殊能力を持つ少女が潜水艦に乗り込み活躍するSFファンタジーです。考証は元海上自衛隊 潜水艦 艦長 正木成虎とありました。経歴から、あの副艦長に違いないと思いました。小学生の頃の遠い記憶にある人物が、今も実在して活躍されている事実に少なからず感動するとともに、遥か昔の懐かしい記憶が蘇ってきました。また、別のHPに、横須賀でヨットの子供教室を開いているのが紹介されていました。連絡が取れれば一言お礼を申し上げたいと思いさらに探っていくと、連絡先のメールアドレスが記載されているので、思い切ってメールを差し上げました。正木氏からは、昔、少年たちを潜水艦に案内したエピソードは覚えておられなかったのですが、1965年頃には確かに舞鶴の基地にいたとのこと。真に記憶にあるご本人だったのです。自衛隊退任後、趣味のヨットで少年少女の体験航海のボランティアをされているとの事でした。今もこの活動を続けられて、クラウドファンディングで資金を募り、「レッドシャークⅡと仲間たち」と言うボランティア活動を続けておられるようです。子供が大好きな所は何十年経ってもお変わりがなく、素晴らしい活動をされていたのです。
14年間海で子供達を強く逞しく育てた活動を、さらに続けたい!(キャプテン正木 2016/03/31 公開) - クラウドファンディング READYFOR

因みに、司馬遼太郎氏のあとがきにある正木生虎氏とどういう関係なのか、さらにネットを探ると、生虎氏は成虎氏の実父で、海軍大佐、祖父は海軍中将 正木義太氏と言うことまで分かりました。

今ではブログ、SNSをはじめとしてインターネット上でのコミュニケーションプラットフォームやWikipediaなどで、一昔前には考えられないような、ちょっと調べるには便利なツールがグローバルに広がり、その功罪が論じられています。ネット上の情報も悪意に満ちたフェイクは勿論、所謂こたつ記事や広告収入を目的としたまとめ記事などが溢れて何を信頼してよいのか悩ましいですが、私が経験したように、ずっと昔に出会った人の音信をネットでたどり、何十年もの時間を越えてメールでやり取りできることも可能になりました。

時間が自由になったこのタイミングで一度、母港にされている油壺に正木氏を訪ねてリアルでお会いしてみたいと思っています。

以上
かわせ としはる(DF関西 1175)
(元・日本アイビーエム、コベルコシステム)

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