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2022/5/1 (No.364)

カーボンナノチューブへの期待

清水 範夫

清水 範夫

これまで、研究生活の半分ずつを日立製作所の研究所と東洋大学生命科学部で過ごしてきた。私の専門分野はバイオテクノロジーで、基本的には微生物と動物細胞の機能を利用する技術分野で研究し、環境機器、コンピューター制御培養装置、遺伝子組み換え技術、バイオ・ナノエレクトロニクスおよび幹細胞(iPS細胞、ES細胞)の分化誘導などの数多くの研究テーマに携わってきた。それぞれ面白い知見が得られたが、ここでは、皆様に馴染みが少ないと思われるナノテクノロジーの研究について紹介したい。

ナノテクノロジーは、カーボンナノチューブ(以下、CNT)(図1)、フラーレン、グラフェンのようなナノスケール物質が新規な特性を有することから、電子材料や構造材料などへの適用が期待されている技術である。とくに、CNTは日本の飯島澄男博士により1991年に発見された新規ナノ物質である。直径がナノメーターサイズで、グラフェンシートが円筒状になった構造を有し、電気的特性、熱伝導性、化学物質に対する耐久性などの優れた性質がある。このような特徴からCNTは、電子材料や構造材料として一部使用されており、今後応用範囲が拡大すると考えられる。さらに、直径がタンパク質などの生体物質とほぼ同じであるナノ物質であり、化学的に安定で電気伝導性があることなどから、生体材料として利用するための研究がなされている。CNTを細胞培養基板、バイオセンサーやドラッグデリバリーシステムの化学物質の担体に利用することや、病気の検査・診断を迅速化させるマイクロ分析チップなどに適用することが考えられている。

これまでになされたCNTが生体に及ぼす研究において、CNTを細胞培養基板に用いて、神経細胞を接着させ、多数の神経突起を伸長させることができたことから、CNTを神経細胞の培養基板として使用可能であることを示した例がある。この結果からCNTには生体適合性があることが示された。一方、高濃度のCNTが動物細胞の増殖や生存に悪影響があることを検討したいくつかの報告がある。このように、CNTには生体適合性があるという報告に対して、逆に細胞毒性があるといった報告があり、研究者によって矛盾した結果が出されているので、CNTの実用化にはCNTが細胞に与える影響について検討する必要がある。

このような状況あって、東洋大学にバイオ・ナノエレクトロニクス研究センターが開設されたのを契機として、私たちはCNTと神経細胞とのインターラクションについて研究を開始した。CNTの水溶液中での分散性をよくするために、英国の研究者に親水性のアミノ基をCNTに結合してもらったCNT(アミノ基修飾CNT)を用いた。ニワトリ8日胚脊髄後根神経節の神経細胞培養液に低濃度(0.11-1.7 µg/ml)のアミノ基修飾CNTとNGF(神経成長因子)を添加したところ、NGF単独を添加した場合に比較して神経突起を伸長した神経細胞数を増加させる効果があることを新規に見出した(*1)(図2)。

NGFは生体内で作られ、神経細胞の生存維持や神経突起の伸長などの作用を有する神経栄養因子である。アミノ基修飾CNTの添加だけでは神経細胞は神経突起を伸長しないが、神経栄養因子であるNGFと共に添加することにより、NGF刺激による神経細胞の分化シグナル伝達経路を活性化させることで神経細胞の神経突起伸長を促進させていることが分かった。しかし、CNT濃度を高くすると神経突起を伸長した細胞数は低下した。

CNTの電子顕微鏡写真
図1. CNTの電子顕微鏡写真
神経突起を伸長した神経細胞、CNTとNGFを添加。黒い凝集体がCNT
図2. 神経突起を伸長した神経細胞
CNTとNGFを添加。黒い凝集体がCNT

さらに、私たちは架橋剤を用いてこのCNTのアミノ基にNGFを結合させて、神経細胞培養液に添加したところ、添加量に比例して神経突起を伸長した細胞数が増加し、可溶性のNGFと同様な神経突起の伸長効果を示した(*2)。CNTにNGFを結合させても同様な生理活性を有することが明らかになった。このことは、NGF結合CNTを神経損傷部位に挿入することで神経細胞を修復させることや細胞培養基板の作製などに適用できることを示している。さらに、カバーガラス上に帯状の金蒸着領域を作製してアミノ基で修飾したアルカンチオールの自己組織化単分子膜を形成させた上に、NGF結合CNTを配置することで神経細胞の神経突起伸長を制御する方法を検討した。黒い帯状の金蒸着領域に配置されたNGF結合CNTに沿って神経細胞が接着し、神経突起を伸長して神経細胞同士にネットワークを形成させることができた(図3)。

NGF結合CNTを配置した黒い帯状の金蒸着領域上に神経細胞が接着し、神経突起を伸長して神経ネットワークを形成した。神経細胞と神経突起は蛍光標識されて緑色に発色している
図3. NGF結合CNTを配置した黒い帯状の金蒸着領域上に神経細胞が接着し、神経突起を伸長して神経ネットワークを形成した。神経細胞と神経突起は蛍光標識されて緑色に発色している。

Leeらが、マウス脳の虚血処理の1週間前にアミノ基修飾CNTを脳内に注入しておくと、マウス脳の損傷を少なくすると共に、脳損傷後の運動機能が損傷していないマウスよりも改善されることを示した(*3)。このことは、CNTによる脳卒中の防止の可能性を明らかにしており、アミノ基修飾CNTが生体内でも神経細胞の神経突起伸長を刺激していると考えられる。また、タンパク質、DNAなどを結合したCNTが細胞に取り込まれ、機能を発揮していることが数多く報告されており、薬剤を標的の組織や器官などに選択的に運搬させるドラッグデリバリーの担体として利用できる可能性を示している。

以上、CNTを生体材料として用いる可能性が示されており、将来の実用化が大いに期待されるところである。CNTは既にエレクトロニクス分野やマテリアル分野などに適用されてきており、さらに夢のような話であるが、宇宙エレベーターのケーブル材料としての利用が考えられている。CNTの将来の発展に期待したい。

  1. Matsumoto, K. et al.: Nanotechnology, 21, 115101 (2010).
  2. Matsumoto, K. et al.: J. Biosci. Bioeng., 103, 216 (2007).
  3. Lee, H. J., et al.: Nature Nanotech., 6, 121 (2011).
以上
しみず のりお(1264)
(技術部会世話役 東洋大学名誉教授)

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