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一般社団法人 ディレクトフォース

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2015/03/01(No192)

「話し言葉」と「書き言葉」ーー『続・キザと知ったかぶり』の上梓

向坂 勝之

筆者「話し言葉」と「書き言葉」、コミュニケーションの手段としてはどちらが有効か?

人間の歴史では言うまでもなく話し言葉が先で、書き言葉は文字が出来、記録媒体や筆記用具が出来てからの、ごく最近のものに過ぎません。だから古来権力者や実務家は、文字の時代になっても主として話し言葉で統治を行なってきた。アレキサンダーもナポレオンも書き残したものはほとんどありません。

権力者や実務家ばかりではなく、宗教的指導者や哲学者も話し言葉を重視してきたようで、釈迦もイエスも著作は残っていない。ソクラテスは、書かれた言葉は旋律も抑揚もリズムもない「死んだ言葉」であると考え、対話を重視しました。彼の思索は弟子のプラトン以下が記述して残ったものです。『ガリア戦記』を書いたカエサルは例外で、知識人が尊敬されるようになった民主制のローマであったからでしょう。

実務家に限らず真の思索家は、書くという手間さえ惜しむのかも知れない。私の友人でも本物の秀才は、いずれも字が下手です。頭の回転の速さに手が追いつかないのでしょうね。

しかし昔から、書くことによって思索をまとめてきた人も少なくない。古くはアウグスティヌスやミシェル・ド・モンテーニュ以下のエッセイスト、日本でも清少納言や鴨長明、吉田兼好、江戸時代の新井白石や本居宣長は、明らかに書き言葉に信を置いており、必ずしも「書き言葉なら残る」と考えた結果ではないでしょう。『明月記』は藤原定家の50余年にわたる日記ですが、史料としてばかりでなく鎌倉初期の知識人の思索の跡をたどる上でも貴重なものです。

実は私も(と、古今の偉人の名前の後に名乗り出るのは、厚かましさの極みではありますが)昔から書くことが好きで、頼まれれば何処にでも書いてきました。いや、他人様にお見せするものに限らず、学生時代からときどきの考えや読書の記録などもノートに書き留めて来ており、その量はかなりのものになります。

だれにも頼まれぬのに、何故そんなに書き続けるのか?私も昔から「話し言葉」よりも「書き言葉」を信じて来たからですが、「書く」ということが自身の考えの一貫性 consistency を維持する上で、どうしても必要なことであるように思えるからです。たとえそれが身辺雑事への観察であっても。

話し言葉は目の前の状況に柔軟に対応できますが、よほどの自信家以外は人々との円滑な交際に配慮しがちで、それだけにやゝもすると首尾一貫性は二の次になりがちです。書かれた言葉は、話し言葉以上に書き手を拘束します。考えを変えるにはそれ相応の理由が必要であり、書いて記録に耐えるものでなければならない。

16世紀のフランスの人、ミシェル・ド・モンテーニュは、史上最も有名なエッセイを書いた1人ですが(『随想録』)、彼が生きたのは宗教戦争(カトリックとプロテスタントの内乱)の陰謀と殺戮に明け暮れする時代でした。国王からも信頼されながら、敢えて現実政治からは距離をおき、両派の融和に努めましたが、彼は書き続けることで「寛容」の価値を固めていったのではないかと思われます。それが彼の一貫性の中核をなしたと言えるでしょう。

ミシェル・ド・モンテーニュ
(1533-92)
新井白石新井白石
(1657-1725)

ところで、この度10余年振りで2冊目のエッセイ集、『続・キザと知ったかぶり』を出版いたしました。

ディレクト・フォースではかなりの方が自著を出版されておられるようで、この「メンバーズ・エッセイ」欄には自著PRの機会が与えられるそうですが、拙著は他の方々のそれと違ってたゞのエッセイ集ですから、お読みいただいても実質的に役に立つものは何もありません。あちこちに寄稿してきた小文を寄せ集めたものに過ぎず、全体を貫くテーマのようなものもありません。

前著の「あとがき」にも書いたことですが、たしか花田清輝(文芸評論家1909-74)であったと記憶していますが、良いエッセイの条件として、「背後に膨大な読書量を感じさせるもの」と並んで「原稿料であっても売名であっても、何か別の目的を持たず、純粋に書くことを楽しんでいるもの」という2ヶ条を挙げていました。前者はともかく、拙著は後者の条件だけは間違いなく充たしています。

本のタイトルは、以前に本物のエッセイストである友人とのお喋りの中で、「世の中で "キザ" と "知ったかぶり" ほど楽しいことはない。この2つは、人格を犠牲にしても止められない」と、まるで落語の「酢豆腐」の若旦那みたいなことを口走ったら、「それをそのまゝ、あなたのエッセイ集のタイトルにしなさい」と言われたことに拠ります。

でも「知ったかぶり」はあくまで本物の知識ではないので、ときどき間違いを仕出かします。

今回も既に、「間違い」を1箇所指摘されました。(誤字誤植の類を除く)

何処が間違いでしょう?ご指摘された方に豪華景品をーー差し上げるつもりはございません。

ささやかな自著のPRにカエサルからモンテーニュ、新井白石から花田清輝まで動員した例は、古今未曽有ではないかと存じますがーーマーク

むこうさか かつゆき ディレクトフォース会員(No671) 元新日本製鐵

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