2014/11/1(No184)
山下 光二
私は43年間勤務した航空会社を退任後、10年ほど地方の大学で「ツーリズムと交通運輸業」を主題にして教壇に立っている。予て我が国のツーリズム産業の立遅れを訴え早急な対応を期待していたが、小泉首相(当時)のイニシアティブで2003年には観光立国宣言が発せられ、その後は2020年東京オリンピック開催、訪日外国人旅行2000万人の目標と相まって連日関連記事がTVや新聞報道面を飾っている。
一方、ツーリズム産業の中核を占める航空運送業も話題の提供に事欠かない。この5年間だけを見ても、日本航空の経営破綻と鮮烈な回復劇、スカイマークの苦境、羽田の本格的国際化と地上インフラの改善、目覚ましいLCCの躍進と課題、地方空港の経営の在り方、大手の苦戦とグローバルアライアンス、MRJを始め我が国航空機産業の活性化等々枚挙にいとまはない。お蔭で講義のテーマにも事欠くことはない。今回エッセーを寄稿するに際し、「国際航空業界」の地殻変動の一端に触れてみたい。
国際航空業界は残念ながら大変マージンの低い業界である。国際線の市場規模は約80兆円であるが、マ―ジンは2010年から黒字に転換したものの過去10年間の平均は3%を下回る程度(IATA資料)である。大手航空会社は,LCC(主に欧米と東南アジア)との激戦に押され気味で、3大アライアンス(スター・ワンワールド・スカイチーム)に加盟し生き残りを図っている。一方ここ数年、俄然注目を浴びているのが、所謂「ガルフスリー」と謂われる中東の3航空会社、UAE(アラブ首長国連邦)のEmirates(エミレーツ航空)とETIHAD(エティハド航空)及びカタールのQATAR(カタール航空)である。
Emirates(エミレーツ航空) |
ETIHAD(エティハド航空) |
QATAR(カタール航空) |
特に衝撃的なニュースだったのは、2012年英連邦の一員、オーストラリアのカンタス航空が、主力路線のシドニー〜ロンドン線を英国航空との長期に亘る提携関係を打ち切り、エミレーツとの提携を受け入れ、同時に中継ハブがシンガポールからドバイに変わった事であった。これは、中東の地勢学的有利点とエミレーツに代表される中東のエアラインが世界の有力航空会社として明白に認知された事に他ならない。3社ともに国営航空であるが、共通点は急速な路線の拡張、生産量、旅客数、売上規模の拡大、度肝を抜くような新機材の大量発注と、正に業界の台風の目となっている。一部には「何をやらかすかわからない航空会社」との評もあるが、その戦略は大いに瞠目すべき点がある。
第一に、豊富なオイルマネーによる資金力である。新鋭機を続々導入し平均使用機材の年数は3〜4年と業界で突出して若い。また世界最大の巨人機A380は約300機の受注の内、エミレーツ140機(一部受領済みを含む)カタール10機(発注中)と2社で半分を占めている。(因みにスカイマークが同型機6機のキャンセルで経営苦境に立っている事が報道されている)
3社の経営戦略も独自性が際立っている。カタール航空はグローバルアライアンスの「ワンワールド」に加盟・特化していく方針を明確にし、エティハドは資本参加(現在6社に対し3%出資からアリタリア航空への49%まで)によるグローバル化を目指し、エミレーツはあくまで自主運航主義を採っている。現在3社の中で最も規模の大きいエミレーツ航空の機内サービスは、世界最高レベルを維持しその評価も高い。巨大で豪華な空港ターミナルのラウンジ等と相俟って、高収益旅客に焦点を絞り、真っ向からLCCのビジネスモデルと対峙している。またドバイの積極的な観光政策と共に、サッカー(FIFA)に対するスポンサー等世界的な広報活動も目を引く所である。
中東地域が脚光を浴びるのは何よりも、航空機の技術革新と性能向上(長距離運航が可能)で世界が更に狭くなり、地勢学的に中東の拠点性が浮上してきたことであろう。ドバイからアジア、欧州各地は大体6〜7時間内外で運航出来、勿論米国とも12時間内で結ばれる。
以上のように、急速に中東の3社が注目されてきた訳であるが、私の見るところ課題も多い。大胆に云わせて頂ければ、幾ら潤沢なオイルマネーがあるとは言え、首長国連邦に経営戦略が異なる2社が今後とも併存可能か大いに疑問がある。最終的には資本力が物を言うのではないかと推測するが、何れにせよ3社は国営とはいえ、保護政策とは関係なく積極的にオープン政策を進めており、ここ10年は目を離せない風雲児として注目されよう。
翻って我が国の航空業界は、未だに多かれ少なかれ規制と保護の影響が残っている。2020年のイベントは一つの好機である。変動の激しい世界の動きに対し、我が国航空業界も常にチャレンジャーの気持ちを持ち続けてもらいたいと念じている。
やましたこうじ ディレクトフォース会員(会員No.38)
元全日空