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2013/03/16(No145)

「国連海洋法会議と私」

 

寺﨑 直通

筆者最近、日本固有の領土である尖閣列島や竹島の領有権をめぐり、領海、排他的経済水域(EEZ)とか国連海洋法条約という言葉を耳にされることが多くなったと思います。1982年に採択され、1994年に発効した国連海洋法条約は領海、公海、大陸棚といったこれまでの条約に規定された分野に加え、EEZや国際海峡といった新たな規定、深海鉱物資源開発に関わる国際海底機構、国際海洋法裁判所の設立を規定するもので多岐にわたっており、海の憲法と呼ばれる所以です。

私が国連における同条約作りに携わることになったきっかけは、1976年夏ロンドン大学博士課程在学中に会議の資料収集と会議の進展状況を少しでも感じ取れたらと、国連サークルの「海洋法マフィア」の一員であったロンドン大学の担当教授からの一通の推薦状を携え、ニューヨーク国連本部にある国連海洋法会議事務局のドアを叩いた事に端を発します。事務次長に直談判したところ、翌日からインターンとして事務局の仕事に従事することとなりました。会期中のため主に会議の議事録作成という任務を負って会議場の壇上に連日座り、出来る限り正確な議事内容をまとめる作業を行っていました。こうした作業は、通常のopenなミーティングでは、国連のプロの速記者(stenographer)が担当しますが、海洋法会議ではほぼ全てのミーティングがclosedのため公表される議事録は作成されず、事務局内部の資料として私の作成した議事録は活用されていました。

2ヶ月のインターンシップを終えロンドンの学業に戻ると事務局より通知が届きました。1977年会期より事務局の法律専門官として採用され、学部時代からの希望であった国連職員として海洋法会議・条約作りに携わる日々が続きました。

事務局スタッフ 各種海域の概念図

この会議は、10年間に12回の正式会期と複数のインフォーマルな会期を擁した国連史上最大・最長の会議と言わています。正式会期のみでも100週間近くを費やし、この何時終わるとも知れない会議は、1814-15年に延々10ヶ月続いた「会議は踊る。されど会議は進まず」と評されたウイーン会議に例えられました。事務局の一員となりはじめて、海洋法会議における多国間交渉の難しさは南北問題、東西の対立、先進国と発展途上国といったものよりはるかに多重多層的であると認識、理解しました。

海洋法会議に先立ち国連で提唱された「人類の共同財産」としてのマンガン団塊等の海底資源をめぐる新しい法秩序の構築、発展途上国間においても沿岸国と内陸国の利害対立等々、大袈裟に言えば条項ごとに、従来の枠組みを超え異なった利益集団が形成され、これが本文320条、9つの附属書等からなる膨大な条文と相俟って、「会議は踊る。されど‥‥」とclosed meetingのカーテンの向こう側で何が起きているのか、遅々として進展しないと評された外交会議の難しさであり実態でした。

海洋法会議での貴重な経験を共有して得た知己、各国代表、事務局の先輩諸氏には国際海洋法裁判所、国際司法裁判所裁判官の職に就いた者も多く、私が2010年に海洋政策研究財団の職に就き、海洋法の世界に復帰して、20〜30年ぶりに再会を果たせ者も多く、私も何となく再び「海洋法マフィア」の一員に加えていただけたとの喜びに浸ったものです。エンドマーク

てらさきなおみち ディレクトフォース会員(会員No862)
元 国連海洋法会議事務局法律専門官 UNCTAD海運部  全日本空輸米国中部・カナダ
(現)全日空(株)総務・CSR推進部アドバイザー 東京財団アドバイザー

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