第17期 企業ガバナンス部会 第8回Webセミナー講演要旨
- 日 時 : 2022年5月20日14時~16時
- 場 所 : DF事務所スタジオ751 + Zoomのハイブリッド形式
- テーマ :「持続可能な企業価値向上を支える取締役会の高度化と内部統制」
- 講 師 : 明治大学法学部教授 柿﨑 環 氏
- 参加者 : 27名(申込者を含む)
【講演概要】

コロナ禍によって加速度的に変化する企業環境のもと、世界的にも上場会社には中長期的な企業価値の向上を図るビジネスモデルが求められている。そのため、これからの取締役会には、企業のリスク情報を適時に捕捉・評価し、企業ミッションを実現する中長期的な経営戦略と事業遂行との整合性を不断にチェックする監督機能の強化と、これに適合する内部統制の実践が喫緊の課題となっている。この実践のためには、2017年の改訂ERMやIIAの3ラインモデルが参考になる。また、我が国のCGC、金商法、会社法や英米の動向が、企業経営への処方箋として紹介された。昨今の事業環境の急速な変化に対応して経営戦略を不断に見直すアジャイルアプローチによるERMの実践が求められている。
【要旨】
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はじめに
去年6月に改訂CGCが公表され、①取締役会の機能発揮、②企業の中核人材における多様性の確保、③サステナビリティを巡る課題への取組み、などについての変更がなされた。とりわけ②③は、現状の取締役会が有する機能のままで、対応が難しいと考えられるので、本報告では、改訂CGCを契機として取締役会に期待される役割の変化とこれに応えるための内部統制・内部監査の在り方を模索する。
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改訂CGCが及ぼす取締役会に期待される役割の変化
改訂CGCの主な変更点を補充原則の記述をもとにおさらいした。それらは、
補充原則 2-3① 取締役会が対処すべき課題の変化、補充原則 2-4① 中長期的な視点からの人材戦略の重視、補充原則 3-1③ サステナビリティの取組みと整合的な経営戦略の開示、補充原則 4-2② サステナビリティ課題の取組みに対する取締役会の監督責任、補充原則 4-3④ 取締役会における全社的リスク管理体制の整備と内部監査部門の活用、補充原則 4-13③ 取締役会・監査役会の機能発揮に向けた内部監査部門による直接報告であるが、特に、取締役会に求められるリスクマネジメント型の監督機能と内部統制・監査の役割が強調され、具体的には将来事象へのプレアクションを取締役会で検討する仕組みが必要であり、それには改訂ERMや3ラインモデルの活用が有用である。 -
改訂ERMの活用
2002年米国でSOX法が導入されたが企業に過度な整備とコスト負担が強いられたため反発され、併せ導入されたERMが業務プロセスのコントロールとして把握されてリスクマネジメントとしての意義は経営層に正しく理解されず失敗した。その後2017年にERMが大幅に改訂され、COSO CUBEからリスクとパフォーマンスの関係にフォーカスしたモデルに変更され5つの構成要素と20の原則が定められ、次のような変更点が強調された。
- リスクと企業価値を結びつけることでERM推進の原動力とする。
- 企業カルチャーの役割、戦略の議論、意思決定とパフォーマンスの関連付け、リスク選好と許容度の精緻化 などを重視し、経営課題にリスクマネジメントアプローチを浸透させる。
なお、改訂CGCで気候変動に係る開示で言及されているTCFDの提言もERMの考えに沿っている。 -
取締役会の監督機能を発揮させるための内部監査―IIAの3ラインモデルの実践
上述した改訂版ERMを我が国のガバナンスに活かしていくために、内部監査にもIIA(The Institute of Internal Auditors)の3ラインモデルの実践が求められている。この新しいモデルでは、①守りだけのモデルから攻めのモデルも追加(適切なリスクテイクと企業価値向上)、②第1/第2ラインから取締役会への直接報告ラインの確立、③第1/第2ラインの経営管理者と第3ラインの内部監査の連携の強調の3つが主な変更点である。内部監査に求められる役割を簡潔に纏めると、①形式から実質へ、②過去から未来へ、③部分最適から全体最適と表現される。
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我が国の法規整に基づく内部統制の開示
上述したような海外の動向が我が国の法規整にも取り入れられて来ており、企業としての開示に係る指針ないし処方箋となっている。
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① CGC
経営戦略等の公表には、事業ポートフォリオに関する基本的な方針やその見直しの状況について分かりやすく示すべきである。また、経営戦略と結びついたリスクマネジメントの概要や内部統制システムの企業価値創出への貢献などについて記載する。
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② 金商法
有価証券報告書の「事業リスク」の記載は、リスクの羅列でなく、経営戦略との関連における重要性やリスク管理上の区分に応じたものとする。
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③ 会社法上の「業務の適正を確保するための体制整備とその運用」についての開示
会社法施行規則100条等に定められた項目について、より具体的な開示が期待されている。
このような開示の在り方については、英国会社法における取締役会の「戦略報告書」の開示項目が参考になる
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まとめにかえて
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① 企業ミッションの実現と監督
VUCA(ブーカ)時代において、ビジネス環境の変化に即応して経営戦略を是正しているかを取締役会は監督出来るようにする。すなわち、アジャイルアプローチによるERMの実践が求められている。
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② 役員の責任体系とリスクマネジメントのギャップ
法律上の役員の責任と実際の経営で求められる責任のギャップをうめていくように務める。
我が国の最高裁判決にみる内部統制構築・整備に係る役員責任や機関投資家のプレッシャーによる役員の経営責任の追及は以前よりも厳しくなっており、米国における最高裁の判決や、Board3.0の議論が参考になる。 -
③ 取締役会の監督機能の高度化
取締役会は、単なる過去情報の収集やそれに基づく合理的審議による監督を越えて、企業価値向上や企業ミッションの実現に資するフォーワードルッキングな経営の意思決定を支える監督を行うことが求められている。
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【Q&A】
- Q1.
- 今回の講演の趣旨は、簡潔には、改訂ERMの考え方を会社経営に取り入れるべきという風に理解したが、ERM自体はJ-SOX導入時でも知られていたにもかかわらず、当時も現在でも財務報告の正確性に焦点が当てられ、ERM的考え方の普及はハードルが高いように思われるがどう対応すべきか?
- A1.
- 核心をつく質問だが、いろいろな対応が進んでいる。現在では、財務報告の正確性よりも、非財務情報の方が重要だという認識が浸透してきており、特に欧米ではそれが進んでいる。ただ法的にはSOXもJ-SOXも変更されておらず、金商法か会社法のどちらでどのように対応すべきか議論が始まっている段階である。またソフトローのCGCが及ぼす企業への影響力が強く、委員会等の組織や開示の内容についてリスク情報を含む非財務情報を取り込む動きが各社各様の工夫により活発化しており、徐々にその方向に進みつつある現状と言える。
- Q2.
- リスク分析や評価の実務をしているが、リスクマネジメント委員会などが組成されていても、社長への報告で終っていることが多い。リスクテイクの戦略は誰が担当するのか、また、リスクテイクの残存リスクの受容が企業価値に結びつくのか、そのあたりの考え方や実情を知りたい。
- A2.
- リスクマップを作成する会社も増加しているがその作り方も様々で、リスク事象のリストアップも各社各様だが、経営戦略リスクを取り上げる会社と対象外とする会社に二分される。私は経営戦略リスクへの対応が重要で、具体的な戦略についてのメリット・デメリットを取締役会で議論し、社外役員や株主へ判りやすく説明することが必要であると考える。このような議論は日本の会社の経営会議では従来から当たり前にやってきており、これを上手に見える化し開示すべき点は開示することが大事である。
- Q3.
- リスクには幾つかのリスクがあるが、会社側でリスクを具体的にとらえられていない例が多いように思う。リスクとは何かと言うことを真剣に考える必要があると思う。
- A3.
- リスク事象は様々なものがあり、それを具体的に捉えるべきと言うのはその通りだと思う。リスクマネジメントとは「変化」のマネジメントであり、最近はその変化のスピードが非常に速いということが現在の特徴である。
【アンケートの結果】
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講評
アンケート回答者の90%が「大変参考になった」、残り10%が「参考になった」という結果であり、大変好評であった。
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良かった点
- 時宜を得た内容に加えて、網羅的な整理があって、判りやすい説明で、状況がよく理解できた。
- 直近の経営課題について具体的に説明され、その対応についても納得がいった。
- サステナブル経営と内部統制、コーポレートガバナンスの全体像を理解できた。
- 形式だけではなく、運用面の問題も説明され、実態が理解できた。
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改善点
- 途中、Zoom画面が共有されなかったり、視聴者の声が入ったりして聞きづらいところがあった。視聴者の音声オフを徹底すべきである。
- 先生の丁寧に回答される姿勢には敬服するが、もう少し簡潔でも良い。