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2011/07/16(No105)

「信越トレイル踏破雑感」

中重 賢治

筆者3年掛りで上越と信州に横たわる里山を巡る全長80kmのロングトレイルに山仲間と挑戦。

一昨年の9月初旬戸狩野沢温泉バス停で降り立つと、雨の降る中、揉み手で旅館の主人が出迎え、バスで観光案内をしてくれた。そこは猫の額程の小さな棚田が幾重にもせり上がり、どん詰まりにひっそりと阿弥陀堂が佇む。簡素な禅寺、樹齢千年超の神戸の大銀杏、小菅神社と映画のロケ地を巡って旅館に到着。夕食前に主人の勧めで「阿弥陀堂だより」の映画鑑賞。奥信州の美しい季節の移ろいの中、心温まるドラマが展開する。しかしその背景には病理と生死、此岸と彼岸を廃れ行く寒村に鋭く投影していると個人的に感じた。

スキーリフトが切れた辺りから急勾配となり夏日の残る炎天下一気に汗が噴出、間もなく斑尾山頂上に立ち踵を返して万坂峠を経て袴岳を辿る。上越側に眺望が開け足下には野尻湖が群青色に輝き、背後に戸隠山、右手には黒姫山、最北に妙高山の大山容が鎮座。

夕方トントントトン小気味の良い太鼓の音が響いてきた。主人に聞くとすぐ上の神社で村の秋祭りが今日から始まったと。囃子に合わせて里神楽の真最中、老若男女が集い収穫を祝っていた。祭りに帰郷して来た娘さんとツーショット写真に納まる、心配顔の娘の親父が近づいて来て誘われるままに酒盛りの車座に加わった。鎮守の森の宴は深夜まで続く、喧噪しか知らぬ都会人にとっては想定外のデジャビュであった。

斑尾山への急登 鎮守社の里神楽 幻想のブナ林

昨年6月初旬富倉峠を越えて上杉謙信が陣を張った大将軍跡を通過すると、信州側に青々と水田が千曲川沿いに広がり、その上を白いハングライダー数機が滑空していた。広葉樹林の彼方此方に山つつじが淡いピンク色に咲き乱れ、最高峰の鍋倉山からの尾根筋には両側にブナの大木が林立し、その一本の大木は一反の水田を潤すと云われる。

旅館の好意でイチゴ狩りに招待された。既に収穫を終えた畑であるが、大きく熟したイチゴが取り放題、食べ放題、我先に散らばり貪り始めた。イチゴは孫二人の大好物で、何時も一粒も貰えないお爺さんだが、日頃の鬱憤を晴らすべく10粒、20粒と頬張り30粒を超えた辺りから流石に胸がむかついた。我が卑しさを大反省。

今年6月末に全行程を踏破したのは僅か3人のみ、土砂降りの雨に大勢の脱落者が出た。牧野小池の周辺の枝葉に張り付く数百の白い泡状のモリアオガエルと水面に漂う薄緑のクロサンショウウオの卵塊、山深い森での神秘的な生命の誕生に身震いを覚えた。ひたひたと雨が地面を叩く、柔らかい白い銀嶺やピンクの岩鏡がさらに彩度を増す。圧巻は天水山からブナ林を下ると濃霧が右から左へゆっくりと流れ、大きな幹に沿って天に登る、全員が足を止めその幻想の中に吸い込まれた。未曾有の二大事変の間、個人的には昨年末古希を迎えて半世紀の会社人生にピリオド。このトレイルを通じて人は大自然の懐に抱かれて生かされていると悟り、原点回帰し自然体で生きる大切さを心底教えられた。

2011.7.6 記

なかしげけんじ ディレクトフォース会員 元丸紅

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