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2011/07/01(No104)

「東日本震災地ボランティアに参加して」

木村 峰男

木村 峰男氏5月19日20日の両日、岩手県の内陸にある遠野市の「遠野まごころネット」というボランティア組織*に参加した報告です。

  1. 活動概要
  • 年齢制限なく、作業も選択でき、全国からボランティア募集している「遠野まごころネット」に申し込み、花巻在住の友人経由、遠野市の民宿を確保して出かけた。
  • 遠野には前日車で入り、当日早朝に登録、活動要領説明のミーティングから参加。
  • 「大槌町での瓦礫片付け作業;70人」「釜石市での物資配送;10人」等、当日の幾つかの作業グループ案内の1つを選択し、8時過ぎ夫々バスにて目的地へ出発。
  • 9時過ぎに現地到着。更に細分化 された10名程度の班毎に指定された地区で作業を開始。15時過ぎに、昼食をはさみ6時間弱の作業が終了し、再びバスで遠野に帰り、16時半頃、センター前で終了挨拶して解散。
  • 私の場合、19日は陸前高田市で田圃の瓦礫片付け、20日は大槌町で道路上の津波で流されてきた土砂の土嚢詰めを行った。
  1. 現地状況
  • 遠野から、バスで山越え、町から数kmに来ると瓦礫が散乱し、更に近づくと半壊の家、街に入ると木造家屋は全て壊滅。僅かに残った外枠だけの鉄筋のビルの屋上に車や船の残骸が載っている状況。主要道路は瓦礫が重機で取り除かれ、かろうじて通行可能となっているが、街は完全に消失し見渡す限り、荒涼とした瓦礫地帯。
  • ボランティアセンターの石巻専修大学
    「遠野まごころネット」受付前で
    海岸には津波の怖れと遺体等が上がる可能性ありとして我々は近づけなかったが、防波堤も崩れ、陥没の為か海水の溜った地区もあり、地域の様相が一変している。
  • 多少高い処の住宅地区でも、平屋は半壊、崩れなかった2階建て家屋も泥水をやっと取り除いた段階。田畑等は未だ手つかずで、少しずつ片付けが始まった状況。
  • 街から離れた高台で仮設住宅の建設が始まっているが、未だ入居はされていない。
  • 復旧については、犠牲者が多く人口は減少、産業が壊滅しており今後の安全確保も難しい同じ地域で再度街作りをするかという根本的問題がある様に思える。
  • また、全てを失った人々、家族、仕事を失った人々等、2カ月が過ぎ厳しい現実に直面している人々の悩みは深く、心のケアが非常に大切であるといわれている。
  1. ボランティアに就いて
  • 遠野まごころネットは地元が立ち上げたボランティアであるが、各地からの応援もあり、各被災地との連携も良く、効率よく活動の成果を上げている様に思われた。
  • 5月連休中は5~600人のボランティアが集まり、連休後は減少したが、それでも平日200人近く。各種団体もいるが、個人参加が8割、遠くは沖縄、福岡から年齢も70歳代から10歳代迄、老若男女入り混じり、日本のボランティア活動も定着しつつあるとの印象を受けた。
  1. 所感

TVで現地状況は見ていたが、現地に来て、想像を絶する悲惨な状況に言葉を失った。束の間のボランティアで偉そうなことは云えないが以下の様な思いを持った。

  • 人間は自然界の生物の一種で、自然の一撃で生存もおぼつかなくなる存在にすぎず、また、自然についても未だ分らない事が多いという点を謙虚に認識すべき。
  • 今後、どの様に復旧、復興すべきか、また、我々に何が出来るか、そして今後どの様にしたら自然との共生ができるかが問われている。
  • 天災という地域限定の一過性のものによってこれだけの悲惨な状況となった。

この現実を目の当たりにして、地球規模で長期にわたっている「人間による環境破壊」は、近い将来、更に悲惨な状況をもたらす事になるのではないか。

2011.5.27記

*註:遠野市を支援基地として被害のひどい海岸の市町村;山田町、大槌町、釜石市、大船渡市、陸前高田市を結んで立ち上げたボランティア組織

きむらみねお ディレクトフォース会員 元三井化学工業

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