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海外旅行研究会

世話役 今井 智之(2017年版)

info_海外旅行研究会
矢印

2017年11月4日 更新

目 次

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通算回数
実施日
テーマ / イベント名

第68回
10月13日(金)

 

第67回
3月30日(木)

 

第66回
1月26日(木)

 

2017年11月1日 掲載

第68回「海外旅行研究会」

第68回例会が10月13日(金)、ディレクトフォース会議室で15名の出席者を得て開催されました。冒頭、世話役より、15周年記念出品につき、井上、常信、鈴木各氏の協力を得て準備が整った旨の報告及び新会員恩田昭子氏及びゲスト竹島一彦、笙子両氏の紹介がありました。引続き萩原秀留氏による未知のスリランカ北部と新婚旅行の旅先モルディヴと今井智之氏のイタリアの観光地とワインの報告がありました。萩原氏は、あまり観光客が行ってないスリランカの北部を中心としてのお得意のアドヴェンチュア旅行と日本からも多数新婚旅行客が集まるモルディヴの紹介をしました。今井氏は、世界一とも言える観光立国イタリアの観光地を美しい写真を集めて紹介し、同国各地域で生産される高級ワインを解説しました。以下は各氏の報告概要です。

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icon「未知のスリランカ北部と新婚旅行の旅先モルディヴ」萩原秀留氏

仏教国であり、紅茶で有名なスリランカは観光国としても多くの外国人が訪問するが、内戦で荒れ果てた北部地域は観光地としては整備は未完である。またダイバーや新婚旅行先としては屈指のところであるが、一般の観光客にはなじみのないモルディヴ両国を回るツアーに2017年3月に参加した。

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例会
ナッツール・カンダスワミ寺院
例会
県庁跡
ナッツール・カンダスワミ寺院 県庁跡

1983年からスリランカ北部、東部地方を居住の中心とする、過激派組織タミル(ヒンドウ教徒)・イーラム(イスラム教徒)解放の虎(LTTE)の活動が活発化し、内戦状態が続いていたが、シンハラ人(仏教徒)を中心とする政府軍に2009年制圧された。しかしその後も内戦の影響が残り、やっと2014年頃から北部への観光客も出始めた。道路等のインフラは整ったが、寺院等の観光設備の修復もはじまったばかりで、宿泊施設等の整備はこれからである。

北部の中心ジャフナはスリランカのタミル人にとっては中心の町。ナッツール・カンダスワミ寺院はヒンドゥー教徒にとってのシンボルである。繁華街等はそれなりに賑わっているが、観光施設である県庁跡やポルトガルが建設しオランダ、イギリス時代にも使われた砦などには戦争の傷跡そのまま残されている。

ブッダはスリランカに3回来ていて、そのうちの1回が離島ナーガディーバ島で仏教徒の聖地になっている。本土からの船はおんぼろ船でテレビ等で見る難民船を思わせられた。

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例会
ロッジ
例会
ウィルパットウ国立公園
ロッジ ウィルパットウ国立公園

スリランカには国土の10%ほどが国立公園や自然保護区となっており、サファリが楽しめる。そのうちの最北部にあるウィルパトゥ国立公園で午後と午前サファリを楽しんだ。ジャングルの中を4輪駆動で移動。国鳥のキジやめったに見られない象の群れに遭遇できた。

モルディヴはインド洋に浮かぶ島国、南北754km、東西118km 1190の島々からなり、人が住んでいる島は200あまり、その内90ほどがリゾート島。

首都マーレは人口の約半分が集まり世界一人口密度が高い首都である。イスラム国であるためアルコール類は一切飲めないが、リゾート島は別格で我々が訪れたクラブメッドは飲み放題、食べ放題であった。

首都マーレのホテルは日本のビジネスホテル以下の設備であったが、リゾート島は新婚旅行の行く先として人気があり、長期滞在者用に作られた、海に突き出したロッジが印象的であった。マーレには立派なモスクがあり、さすが回教の国と思われた。市場では新鮮の魚が目についたが、購入した魚をその場でさばく人がおり習慣の違いに驚かさせられた。

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例会
公園のハンンモック
例会
魚市場
公園のハンンモック 魚市場

マーレの近くの島、ヴィリンギリに渡って島の生活を見学したが漁業の島であると同時にマーレへの通勤者のベッドタウンで昼間はひっそりとしており商店もほとんどなかった。

ただ公園にはベンチの代わりにハンモックがあり南の島ということを体感した。

以上

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icon「イタリアの観光地とワイン」今井智之

イタリアは観光地として素晴らしい国である。イタリア人は美しい自然と貴重な歴史資産を尚一層魅力ある観光資源に創り上げる才能をもっている。そして競って美味しい料理とワインを提供して外国人をもてなすので、人々はその雰囲気に惹かれ繰り返し集まってくる。なんと入国者数は年間5千万人超で世界第5位。ワインの生産量ではフランスを越して第1位である。

今回は主な観光地を数多くの美しい画像をもってヴィジュアルに紹介し、それぞれの州で産する高級ワインの解説を試みた。当会員の中には、筆者も含め、写真同好会及びワイン同好会のメンバーもいるので一層興味深さが増すものとなるよう配慮した。なかでも Pinterest サイトに掲載された写真には、現代の写真加工技術をもって造形し芸術的に美しいものが多く、厳選して紹介した。

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例会
ホテル・ヴィラデステ
例会
ヴェネツイア、過去と現代アートの異様な混合
ホテル・ヴィラデステ ヴェネツイア、過去と現代アートの異様な混合

ワインについては、イタリア全土に産地があり、多種多様であることから、各観光地に合わせ公式格付の高い(主としてDOCG)産地を選び紹介した。また同じ産地で同じ格付でも生産者により質が大幅に異なるので、権威ある批評家の推奨生産者のリストを作成し希望者に配布することにした。

北イタリアでは、美しい大聖堂、レオナルド・ダヴィンチの「最後の晩餐」やスカラ座があるミラノ市、コモ湖での宮殿別荘ホテル、ホテル・ヴィラデステ等やヴェネツイアの迷路から眺める絶景等を紹介。ワインは、ピエモンテ州の銘酒バローロ他、ロンバルディアとヴェネト州の発泡酒フランチャコルタコルタとプロセッコの産地その他を紹介した。

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例会
モンタルチーノ、エノテカの女将さん
例会
アマルフィー海岸での海鮮料理
モンタルチーノ、エノテカの女将さん アマルフィー海岸での海鮮料理

中部イタリアでは、フィレンツエやルッカ等の古都や歴史遺産そしてワインの宝庫であるトスカーナ州を詳しく紹介し、ヴィラ・サンミケーレ・ディ・フィオーゾレやホテル・チェルトーザ・ディ・マッジャーノ等の豪華なホテルでの料理とワインの体験や銘酒ブルネーロ・ディ・モンタルチーノを産するモンタルチーノ村の訪問を披露した。

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例会
ポジターノ、ホテル・シレヌーセ部屋のベランダから
例会
ポジターノ、ホテル・サンピエトロ、テラスからの絶景
ポジターノ、ホテル・シレヌーセ
部屋のベランダから
ポジターノ、ホテル・サンピエトロ
テラスからの絶景

南イタリアでは、ローマでの主な観光地を概観し、ホテル・スプレンディード・ロヤールのリストランテ・ミラベルでの晩餐の素晴らしさを紹介した後、南下しカンパーニャ州の観光地を概観、マリーナ・デル・カントーネのタヴェルナで美味しい魚介料理と地産ワイン(フィアーノ)を発見したこと、ポジターノでホテル・シレヌーセからの絶景とサンピエトロ・ホテルでの昼食とワインの素晴らしさ、そして美しいラヴェッロ、チンブローネ庭園を紹介した。続いて、筆者は訪問したことのない重要な観光地シチリアや大衆的なワインで名高いプーリヤやマルケ州についても主な観光地とワインを解説した。

最後に、その他のワイン・リジョンと良いイタリア・ワインの選別方法について紹介した。

続いて保坂洋氏の案内で会場最上階にあるパソナの大手町牧場を視察した後、同氏設営の懇親会が同ビル地下2階のレストランB8aにて開かれました。静かな個室でアサヒビール(!)での乾杯の後、ロミオ(&ジュリエット?)という名のワインを飲み放題で“地中海料理的”(?)な食事を堪能しました。適切な環境でしたから、久しぶりにテーブルスピーチが可能となり、ゲストを含め全員が遠慮なくユーモア溢れるスピーチを披露され大変楽しいひとときを過ごすことができました。

以上 

(今井智之 記)

2017年4月16日 掲載

第67回「海外旅行研究会」

海外旅行研究会第67回例会が3月30日(木)DF会議室にて、13名の出席者を得て、開催されました。冒頭、世話役より、(1)清水優氏がDF及び当会を退会したことと、(2)DF15周年記念事業の一環としての同好会展示の件に関し、その準備につき打合せが来週開始されることが報告されました。

続いて、有吉和幸氏による「想い出のヨーロッパ」と題する発表が行われました。「シャンパン、オペラ、ガウディ」と興味深い副題が書かれていましたが、“海外の観光地は日本と比べスケールが違う”という印象を得た、ロシア、アメリカ、中国という大陸からはじめ、フランスはモエ・エ・シャンドンでのシャンパンの造り方を、ウイーンではオペラハウスの体験を、またスペインではバルセローナのガウディの世界を、イスタンブールでの大成建設のトンネル工事の様子を、そしてイギリスではスインドンのマジック・ラウンドアバウト(Magic Roundabout)を詳細な観察力をもって見聞されたことがよく伺えました。

次に、沢井成美氏が「サハリン、いちばん近いヨーロッパ」と題するサハリン紀行を発表されました。お友達と4人組で、日本の最北端にある稚内に集合、フェリーで5時間かけサハリンの最南端にあるコルサコフに上陸、そこから州都ユジノサハリンスク、更に鉄道で旧ソ連国境の北緯50度線近くまで北上し、かつて日本が統治した“樺太”の町々を周遊、戦後70年でロシア化した現在の姿に「日本からいちばん近い ヨーロッパ」を発見します。ロシア人の美しい女性のみならずヨーロッパ的雰囲気を堪能されたことがよく表現されていました。発表後、かってない程多くの質問が飛び出しましたが、皆が格別の興味を抱いた証でしょう。

以下は、両氏からの発表の概要です。

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icon「想い出のヨーロッパ」有吉和幸氏

入会後初めての発表で緊張しましたが、今までの写真を整理する良い機会になりました。写真を見ながら思った事は海外での印象の大きさは “驚き” の大きさだと言うことです。その “驚き” は “スケール” “ギャップ” “異文化” から感じたものでした。

  • 今までの振り返りとして、イグアスの滝で感じた見渡す限りが見せ場だという “圧倒的なスケール感” 、ロシアは暗い、ニューヨークは最近治安が良いなどの “先入観とのギャップ” 、アジアや中国で感じた近くて遠い “異文化” 等についてお話ししました。
  • 本題は特に印象深かったヨーロッパでの “驚き” の想い出です。 
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例会
イグアスの滝(下から)
例会
イグアスの滝(上から)
イグアスの滝(下から) イグアスの滝(上から)
1.先入観とのギャップ 

フランス、シャンパーニュ地方にてシャンパンの作り方を聞いた時に、シャンパーニュ地方は北の方にあるのでブドウの酸味が強く良いワインが出来ない。そこでワインに酵母と蔗糖を入れ瓶詰めし2次発酵させ、そこでできる澱を取り除いてリキュールなどを添加して調整したのがシャンパンだという説明でした。ドンペリのイメージからシャンパンはワインより高尚だと勝手に思っていたので、色々なものをブレンドさせたり、糖質で甘くしたりするという事に驚きました。

オペラも私の中では高尚なイメージでした。ウイーン国立歌劇場に行くときにはドレスコードを気にしましたが、実際行ってみると堅苦しい雰囲気はなくオペラが生活に馴染んでいることが良く解りました。ただ時差や寝不足などの影響で旅行中の観劇は心地よい音楽と適度な暗さからくる睡魔との戦いが待っていました。

2.スケールと異文化 

スペインは財政破綻と言うことで暗いイメージだったのですが、料理はおいしいし気候、治安も良く住みやすそうな国でした。バルセロナは町中いたるところにガウディの作品があり少し歩くと色々見て回ることが出来ます。またガウディがフリーメイソンだという都市伝説のシンボルも確認できます。サクラダファミリアには思わせぶりな33を示す魔法陣、大きな扉は日本人(外尾さん)が制作したと言うこと等に驚きました。

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例会
カサ・アマトリエールとカサ・バトリョ
例会
カサ・ミラ
例会
グエル公園
カサ・アマトリエールとカサ・バトリョ カサ・ミラ グエル公園

イスタンブールはアジアとヨーロッパにまたがり、間のボスポラス海峡には大成建設が施工した海底トンネルが完成しています。その海峡に行ってみましたがスケールの大きさに驚かされました。アヤソフィアはイスラム教とキリスト教が交わり、その地下にはメビウスが柱の下に敷かれています。今も昔もイスタンブールは異文化のぶつかった場所と言うことで色々考えさせられました。

3.自動車道

最後に、自動車運転で馴染めなかった点です。それは右側優先とラウンドアバウト*です。イギリス、スインドンにはマジックラウンドアバウト*があります。5輪のラウンドアバウトでどうやって行きたい方向へ行くのか考えるとパニックになりそうな所です。

(編集注:*ラウンドアバウトはイギリスの環状交差点のこと。日本では俗にロータリー交差点ともいう。スインドンにあるマジック・ラウンドアバウトはさらに複雑な構造でイギリスでも珍しい。事故と渋滞の軽減に役立っていると云われる)

◇ ◇ ◇

今回は、思い出を振り返る機会を頂きありがとうございました。

以上

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icon「サハリン、いちばん近いヨーロッパ」沢井成美氏

日本からの近さを体感すべく北海道の稚内港からフェリーで渡った。コルサコフ(旧大泊)の税関を通った後ガイドのユーリー・ワシリエフに迎えられて、早速コルサコフの町を観光。

ここは日本統治時代北海道への表玄関だっただけに旧拓殖銀行大泊支店だったビルやかつては堂々たる構えだったと思われる亜庭神社の跡などを見学したが、神社は見るも無残に壊され夏草に覆われているのが寂しい。

コルサコフの中心部はまったくロシア風に造り変えられ一見ヨーロッパの町のようだが、走っている車は右ハンドルで殆どが日本の中古車だと分かる。

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例会
コルサコフ市街地
例会
旧樺太庁
コルサコフ市街地 旧樺太庁

翌日は州都ユジノサハリンスクを巡る。ここはかつて豊原と称された町でここに県庁たる樺太庁が置かれていた。この建物は現在郷土博物館として使われており、周りの庭も整備されて人々の憩いの場となっている。われわれが訪ねた時も現地の幼稚園児達が遠足に来ており館内は賑わっていた。当然のことだが、ほとんどがロシア系ヨーロッパ人であり、ここが北海道から最短50kmの場所とは思えない不思議な感覚にとらわれる。

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例会
ジャパンセンター
例会
子供たち
ジャパンセンター 子供たち

ソ連崩壊後日本政府がロシア全土に5つ設置した「日本センター」のひとつがこの町にもあるというので寄らせてもらった。日本語教室を見学したが、ウィークデーにも拘わらず沢山の人たちが勉強に励んでいる。ここも女性が多く、何故か皆さん若く美人である。

その日の夜遅くユジノサハリンスク駅から夜汽車で北に向かう。この鉄道は狭軌で日本統治時代のものをそのまま使っているとのこと。かつて宮沢賢治がこの夜汽車に乗り、物語「銀河鉄道の夜」を着想したらしい。列車は夜のしじまを突っ切って翌朝早く冷たい雨に煙るスミルヌイフに到着した。流石に北緯50度線に近く、6月にも拘わらず持参したウィンドブレーカーを着て列車を降りる。

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例会
夜汽車
例会
日本軍トーチカ跡
夜汽車 日本軍トーチカ跡

スミルヌイフから車で一路北上し旧ソ連国境線だった北緯50度地点まで行き、日ソ両軍が激突した戦跡を巡った。ここは正に昭和20年8月に突如侵攻してきたソ連軍と日本の守備隊が「終わらざる夏」を戦った現場だ。夏草に覆われたトーチカが無残な姿を晒して林の中に佇んでいた‥‥ 。茫々たる林と草むらには未だ収集されない日本兵の遺骨が残っているという。

車で一路南下し間宮海峡を望む漁村の近くで大きなタラバガニを買ったりしながら次の目的地ホルムスクに向かった。タラバガニを路肩で売っているロシア人の女性たちはいわゆる漁村のおばちゃんとは思えない垢抜けた都会的な感じで金髪にサングラスがよく映えてまことに場違いな雰囲気である。

雨が降りしきるホルムスク(旧真岡)は灰色に沈んだような風情。この町も終戦の年の8月後半に対岸のワニノから突然ソ連軍が押し寄せ、ソ連軍と日本守備隊との間で激しい戦闘が行われた。最後まで電話局に残って住民の避難を支援した電話交換手9名が服毒自決をしたことでも知られる。われわれもその電話局のあったところを訪ねたが、今は現地の銀行の支店があるロシア風のダウンタウンとなっていた。

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例会
レーニン像
例会
レーニン胸像とサハリン美人
レーニン像 レーニン胸像とサハリン美人

ホルムスクにも堂々たるレーニン像が町の真ん中に鎮座していた。スターリンの大きな写真もある。ここは旧ソ連を懐かしんでいるのだ。ソ連時代は辺境住民への多額の補助金が出ていたらしい。今は自立自存の時代となり、古き良きソ連時代が忘れられないということなのだろう。

ガイドのユーリーはこの町自慢の海洋博物館に連れて行ってくれた。ここで案内をしてくれた若い女性がシャラポワ並みのすらりとしたジーパンの似合う美人である。

ホルムスクからユジノサハリンスクまでは山越えをしなければならない。その道路の途中で日本軍守備隊のトーチカ群と戦後ソ連が建てた記念碑を訪れた。この丘の戦闘も熾烈を極めたという。ここも9月2日の降伏調印の日まで「終わらざる夏」があったのだ。

帰路はロシアのオーロラ航空で千歳までひとっ飛び。1時間20分ほどの飛行である。まことにサハリンは一番近いヨーロッパだ。しかし、もうサハリンに行くことはあるまい!

懇親会は、銀座1丁目に最近開店となった「ラ パンサ」で美味しいスペイン料理とワインを楽しみながら盛会でした。このコスト・パーフォーマンスもよい素晴らしいレストランを見つけ設営して下さった保坂洋氏には特に感謝申し上げました。

次回は、15周年記念事業やDFオフイスの移転があり、6月後半に開催し、戸田邦男、萩原秀留両氏にプレゼンをお願いする予定です。

以上 

(2017.3.31 今井智之 記)

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2017年2月9日 掲載

第66回「海外旅行研究会」

平成29年1月26日(木)第66回例会がDF大会議室で18名の出席者を得て開催されました。

先ず世話役よりDF15周年総会での展示に出品することを決め、必用な準備作業は、世話役の他、常信伊佐夫氏、井上史男氏、鈴木 哲氏の協力を得て行う旨の報告がありました。

引き続いてプレゼンが行われ、最初に、四方 満氏が「快晴のマッターホルンとコモ湖の印象」と題して、スイスからアルプスを越えイタリア、コモ湖に至る絶景とグルメを楽しむ旅の模様を報告しました。レマン湖にあるション城を“コジョウ(湖上)のコジョウ(古城)”等とユーモア溢れるプレゼンでした。

次は、常信伊佐夫氏が、「古城ホテルに泊まるポーランドの旅〜ショパンゆかりの地を辿って」を報告しました。ポーランドは2度の大戦を経て厳しい戦禍の地であり貴重な歴史遺産が破壊されているという、一般的印象に反して、大変豊かな美しい国であることが伝わって来ました。素晴らしい観光資源を再構築した実績が伺われます。

四方氏もそうですが、写真同好会のベテラン写真家で披露された写真は大変美しかったので拡大した写真を拝見したかったという印象でした。以下は両氏からの報告概要です。

icon「快晴のマッターホルンとコモ湖の印象」四方 満氏

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例会
「快晴のマッターホルンとコモ湖の印象」の行程
「快晴のマッターホルンとコモ湖の印象」の行程

妻とヨーロッパ各地を旅行して15回程度になる。

近年はテロとの危険を避けて計画し、我々のアキ日程と調整をしながら決めるのに苦労をしている。危険が少なく、古いカメラを持参して景色を楽しみながらゆったりツアーに参加が希望条件である。

いつも利用しているワールド航空サービスから恰好な案内がきた。”マッターホルンを望む名門ホテルとコモ湖ヴィラ・デステの旅“である。宿泊の3ホテルは連泊であり、山岳国スイスの名峰マッターホルン周辺をトレッキングシューズで散策、またコモ湖では世界の旅人の憧れのホテルに宿泊という贅沢なコースに申し込んだ。夫婦4組、母娘2組等合計16名とゆったりした旅になった。

8月31日、残暑厳しい日本を後にしてスイスの首都ベルンに向かった。



世界遺産のベルン旧市街に建つアールヌーボー様式の伝統的な5つ星ホテルから見るU字型に湾曲して流れるアーレ川は美しい景色であった。

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例会
レマン湖(マルシェ広場前にて)
例会
世界遺産のベルン旧市街地風景
レマン湖(マルシェ広場前にて) 世界遺産のベルン旧市街地風景

レマン湖畔には、美しいぶどう畑に囲まれた中世の町モントレーを散策、ション城に立ち寄りお目当ての名峰マッターホルンの麓の町ツェルマットに向かった。目の前にマッターホルンが一望できるホテルからは日の出、夕日、快晴の景色がカメラに収まった。

翌日は町から延びる山岳鉄道の終点3089mのゴルナーグラート展望台へ。氷河の上に立つマッターホルンはまた違った顔を見せてくれた。雄大な氷河には永きに亘る自然の奥深さを感じた。明くる日はケーブルカーにて3883mクラインマッターホルン展望台へ、気温も低く氷の宮殿を楽しんだ。我々が行く前日までは天気が優れず雲により残念な日が続いたが3日間は最高な天気であった。

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例会
マッターホルンの日の出
例会
夕日輝くマッターホルン
マッターホルンの日の出 夕日輝くマッターホルン
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例会
ゴルナーグラート展望台から見るマッターホルン
例会
クラインマッターホルン展望台(3089m)から見る
ゴルナーグラート展望台から見るマッターホルン クラインマッターホルン展望台
(3089m)から見る

コモ湖へはスイス随一の絶景といわれる山岳鉄道チェントバヴァッリ列車にてコモ湖まで乗車体験を楽しんだ。名門ホテルヴィラ・デステは16世紀の離宮と19世紀初頭の英国王妃の邸宅、10ヘクタールの敷地を持つ優雅な階段庭園は一度は泊まってみたいホテルであった。漢字の“人”にそっくりなコモ湖は避暑地としてハリウッドの俳優やヨーロッパの貴族の別荘が散在していた。

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例会
コモ湖:ヴェラ・デステ(5つ星)
コモ湖:ヴェラ・デステ(5つ星)

今回の旅行のハイライトはマッターホルンの魅力に触れることであり、景色や散策も食事も満喫できた旅であり、日常と離れて贅沢な時間が過ごせた。

以上

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icon「古城ホテルに泊まるポーランドの旅〜ショパンゆかりの地を辿って」常信伊佐夫氏

1.苦難の歴史を持つポーランド

ポーランドは15世紀から17世紀が全盛期であったが、周辺を強国に囲まれており何度も侵略、分割されるという苦難の歴史を辿っている。18世紀末には国が消滅し、123年にわたり世界地図から姿を消した。1912年に独立したものの第二次世界大戦ではナチスドイツの侵略を受けたのち、戦後は旧ソ連に組みこまれ、新たに独立するまで長く辛苦の時期を経ている。とりわけナチスドイツの侵略占領とユダヤ系住民迫害は、壊滅的な破壊と人間の尊厳を踏みにじる負の遺産をこの国の歴史に残した。

2.旅行中に感じたこと
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ワルシャワ歴史地区(世界遺産) (ワールド航空パンフレットから)
ワルシャワ歴史地区(世界遺産)
(ワールド航空パンフレットから)

感銘を受けたことは、戦争により破壊し尽されたワルシャワの街を40年以上かけて中世の美しい街並みに見事に復興させ、今では落ち着いた政治と経済環境のもとで人々が平和に暮らしでいることだ。

2.ショパンの存在が大きい

キュリー夫人やコペルニクスといった優れた科学者、物理学者を輩出した一方で、この国ではショパンが極めて大きい存在であることが分かる。これはショパンの曲が、ポーランド人の愛国心と人間の尊厳を守るために戦った人々を鼓舞する精神的支柱であったことによるのではないかと考えられる。

3.ショパンゆかりの場所を辿る

今回の旅行は、ショパンゆかりの場所を辿りながら観光した。最初に訪れたショパン生誕の家はワルシャワの郊外にあり、ショパンを知るうえで貴重な博物館になっている。

大きなショパン像があるワルシャワのワジェンキ公園は、夏場には一流ピアニストによる野外コンサートが開かれ人々の憩いの場となる。

ショパン一家が通った聖十字架教会を見学したが、ショパンの遺言により標柱の下に彼の心臓が安置されているという。

ショパン生誕200年を記念して市内の各地ゆかりの場所に設けられた「ショパンのベンチ」は、全部で15カ所あり、ボタンを押せばショパンの曲を楽しめる。

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例会
ワジェンキ公園野外コンサート
例会
ヴロツワフ市庁舎
ワジェンキ公園野外コンサート ヴロツワフ市庁舎

ワルシャワから離れたドゥシュニキは彼が療養のため滞在した土地であり、そこには両親を失った孤児たちを招待してピアノリサイタルを開いたというショパン館がある。歴史を刻んだショパン国際ピアノフェスティバルが毎年ここで開催され、世界中から著名なピアニストが集まるという。

ポーランドで4番目に大きい観光都市ヴロツワフには、ヨーロッパ最古のビアセラーがあり、ショパンが良く訪れたという。外観を見ただけで入りたくなる構えだ。

4.古城ホテルに泊まる
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例会
古城ホテルザ・メック・クリチュコフ
古城ホテルザ・メック・クリチュコフ

ツアーのテーマである古城ホテル宿泊は、ヴォレスワヴィエツの「ザ・メック・リチュコフ」とクウォツコにある「ザ・メック・ナ・スカレ」の2カ所で、合わせて4泊した。いずれも周辺国からの侵略に備え要塞として建造され、のちにホテルに転用されたもの。古城の趣を残した味わいのあるホテルであったが、設備・サービス面では近代ホテルには及ばない。

5.その他の観光

ルートに次のような色々の観光、見学が組まれ、心に残る多彩な観光ツアーであった。

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例会
ヤボルの平和教会(世界遺産)
ヤボルの平和教会(世界遺産)
例会
ヴィエリチカの岩塩坑(世界遺産)礼拝堂
ヴィエリチカの岩塩坑(世界遺産)礼拝堂
  1. ドイツ、チェコと国境を接する、今も中世の趣を残す都市ヴロツワフの観光。街のあちこちに存在する200以上の小人たちが観光客を楽しませてくれる
  2. ヴォレスワヴィエツの陶器工場見学と紙博物館での紙漉き体験
  3. 30年戦争後に立てられた木造の教会で世界遺産登録されているヤボルの平和教会とシフィドニツア教会の見学(写真右上)
  4. 花柄ペイントが施されたかわいい建物が並ぶザリピエ村の観光。この村はヨーロッパの美しい村30選に入る
  5. 13世紀から国の貴重な財源となってきたヴィエリチカの岩塩坑見学。全長300キロメーター、最深部327メートルの坑道には坑夫が岩塩で作成した彫像が並びとりわけ地下3階部分に設けられた礼拝堂が圧巻。世界遺産に登録されている(写真右下)
  6. 17世紀にワルシャワに遷都されるまで首都であった歴史ある街クラクフの観光と散策
6.帰国後も楽しむ

ポーランドに関心を持ち、帰国後にショパンの曲を集めたピアノリサイタルに出かけ、ナチスドイツの侵略圧政をテーマにした小説「また、桜の国で」を読むなど旅行の余韻を楽しんだ。

恒例の懇親会は、保坂洋氏のご努力で新しい会場を経済的に利用するため午後4時より開始されました。昨年11月にオープンした京橋エドグランドというビルの地下1階にあるワインバー「明治屋ワイン亭」を貸し切っての宴会でした。出席者16名が3つの島に分かれたテーブルを囲んで大いに盛り上がりました。次回の例会は3月となりますが、プレゼンテーションが決まりましてから改めてご案内致します。

以上 

(文責 今井智之)

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