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隈取り

海外旅行研究会

世話役 山本 明男(2019年版)

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2019年7月19日 更新

目 次

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通算回数
実施日
テーマ / イベント名
第76回
7月11日(木)
第75回
5月9日(木)
第74回
2月15日(金)
 

(画像は例外を除き拡大可能です)

2019年5月24日 掲載

第76回「海外旅行研究会」例会

第76回例会が、令和元年7月11日(木)DF共用会議室にて開催されました。

第1報告は常信伊佐夫会員による「魅惑の国モロッコ紀行」で、アフリカ西北に位置する自然・文化・民族と歴史に富んだモロッコ王国を10日間かけて周遊された旅の印象を明快な説明と写真でご紹介いただきました。

続いて第2報告は、濱本龍彦会員による「人生における海外を振り返る」のテーマで、現役時代に出張・駐在・旅行で世界中を飛び回られた延40年間に渡るご経験を、詳細なデータと数多くの写真・記事などを使い、海外生活の総括として熱く語っていただきました。今回は時間の関係ですべての報告を終えることができず、残りは次回例会にて引き続きご報告いただくこととなりました。以下は両氏からの報告概要です。

懇親会はサピアタワー内のイタリア料理店で開催し、今回は海外旅行や出張での旅の失敗談やサプライズなどの話題で大いに盛り上がり、ワインを飲む量に伴い会員皆さんの活発な談話が続きました。

次回第77回の海外旅行研究会は10月3日(木)を予定しています。どうぞお楽しみに!

(山本明男 記)

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icon「魅惑の国モロッコ紀行」 常信伊佐夫

何年か前に海外旅行は今回で終わりにすると宣言したものの、きっぱりとはやめられずその後もポーランドや台湾へと旅行を続けてきた。現在の自分の年齢や体力、気力を考え、今度こそ本当に終わりにしようと心に決めて4月にモロッコに出かけた。

モロッコについて予備知識は全くなかった。ただイングリッド・バーグマン主演のアメリカ映画「カサブランカ」の影響か、「モロッコ」イコール「カサブランカ」の記憶があった。

今回モロッコに行ってみたいと思ったのは、青い町「シャウエン」という今まで知らなかった世界の写真を見掛けたことと、以前から砂漠の写真を撮りたいと希望していたことが作用した。

20時間を超える苛酷なフライトに耐えるため、併せてこれが最後という気持ちから飛行機はカタール航空のビジネスクラスを選択した。結果的に良かったと思う。ソフト、ハード面で十分満足し、長時間のフライトでも疲れを感じることなく今回の旅行を思い出深いものにしてくれた。

写真① 青い町シャウエンにて

結構ハードな行程で、ツアーメイトから「大丈夫ですか」「お元気ですね」と声を掛けられたが、世界に名を馳せる迷路の町「フェズ」での長時間徒歩観光でも迷惑を掛けることなく歩き通せた。最後の旅行だと思いつつ、逆にまだいけるかな、と変な自信を抱いた。

写真② 砂漠の日の出
写真③ らくだに乗ってホテルへの帰途

楽しみにしていた「シャウエン」の町では、歩きながらカメラのシャッターを切り続けた(写真①)。何枚かはモノになると思える写真が撮れている。肝心の砂漠の写真は、らくだに乗って砂丘に向かった朝が強烈な砂嵐で、一眼レフを構えることもままならず、辛うじて前日の夕景を撮った写真に慰めを見出している(写真②、写真③)。

モロッコには8つの世界遺産があるが、今回の旅行ではこのうちの5つ(ティトゥアン、フェズ、アイト・ベン・ハッドゥ、マラケシュ、エッサウィラ)を訪れた(写真④)。実際に見ることでそれぞれに世界遺産の評価を受けた意味が伝わってくる。イスラム文化の国を旅行するのは初めての経験だが、宮殿をはじめ教会その他建造物の美しく精緻な彫刻や芸術性溢れる設計に感嘆する。

写真⑥ マラケシュのフナ広場
写真④ フェズの皮なめし工房
写真⑤ 世界遺産 アイト・ベン・ハッドゥ

同時にモロッコの皮革製品をはじめとする特長ある工芸品の製作行程をいくつか見学し、長い歴史の中で育まれてきたその文化の背景を知り魅力を感じた(写真⑤)。

道に迷ったら満足にもとには戻れないと感じるフェズや、マラケシュのスーク(市場)には多様な商品が潤沢に並べられ、行き交う人々も多く活気を帯びた賑わいにこの国の力を感じる(写真⑥)。

立憲君主制だが、現在の国王ムハマンド6世主導で社会改革が進んでいるそうだ。特に女性の地位が高められたとのこと。ムハマンド6世は来日したこともあり、日本食を好むという。島根県の「仁多米」がお気に入りとか。今まで知らなかったが、モロッコで獲れるタコの大半は日本に輸出されているそうだ。今回自分の目で見て知識を得た結果、モロッコに親近感を持つようになった旅行であった。

常信さんの写真はこちらのアルバムにも掲載しました

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「人生における『海外』を振り返る」〈その1〉 濱本 龍彦

海外研究会での報告としては異色であり、研究会の報告としては、はみ出しと言ってもいいかもしれません。何ごとにも終わりがありますが、2015年に、40年間の「海外」に一応の終止符を打って、纏めていたものの報告です。今は国内の旅を満喫しています。

今回の報告は2部に分け、第1部は、データ・数字から「海外」の総決算をしました。「海外」とは、海外出張、海外駐在、海外旅行です。初めての「海外」は1975年のフィリピン出張であり、最後は2015年のフランス、スペインへの旅行でした。その間出入国は270回余り、訪れた国は41か国でした。1年間に最高18回の海外出張もありました。利用したホテルは500余り。計算すると約11年間はホテルでの生活でした。

第2部では、海外出張、海外駐在という海外ビジネスの中での、空き時間、忙中閑における過ごし方をご紹介しました。但し、全部を説明する時間がなく、残りは次回例会へ持ち越し、〈その2〉として報告することにします。

海外ビジネスはどの案件も、その内容、定められた期限など極めて厳しいものでありました。実は、海外ビジネスで発生する空き時間、忙中閑の過ごし方にも苦労しました。第2部はこの忙中閑での小旅行の報告でした。交渉事が多かったので双方の都合により空き時間が生じることがしばしば生じました。忙中閑の過ごし方と言えば、一見“優雅に”聞こえるかもしれませんがそうでもありません。

  • 何をするかの準備なしに、生じることが多い。 しかも時間的な制約はきついから計画不足で思い付き的な行動にならざるを得ない。海外旅行とは違う点である。 
  • ビジネスの忙中閑の過ごし方は、当然ながらすべて費用は 自己負担、また行動に伴うリスクは、時間管理を含めてこれもすべて自己帰属である。

それを頭において忙中閑の過ごし方の計画が必要でした。過ごし方は 街を歩き・知り、人の動きを知る Traveler であるのが基本ですが、ビジネスを離れた場での自分の知識、 趣味、楽しみを拡げるためにも活かしたつもりです。

写真① コカコバーナ海岸 写真② イパネマ海岸のレストラン
写真③ ウルカ地区から
コルコバードの丘を望む
写真④ コルコバードの丘からリオの街
ポン・デ・アス―カ

今回報告した1つにブラジルがあります。ブラジルには資源開発、製鉄所建設などの案件で10回以上出張しました。1976年が初めての出張でしたが、当時は羽田からアンカレッジ、ロサンゼルス、ペルーのリマ、そしてリオ・デ・ジャネイロ経由です。26時間のフライトでした。着いたのは、暑く、喧噪の旧空港でしたが、リオの海岸沿いの道を走っていると、砂浜と街と所々の見える巨大な岩山の景色に長旅の疲れも飛ぶような思いをしたものです。

コカコバーナの海岸を散歩し(写真①)、少し進むとイパネマ海岸(写真②)。映画「イパナマの娘」の舞台です。コルコバードの丘(710m)には巨大なキリスト像(台座を含めると38m)が設置されています。ここからの景色は素晴らしい。リオの街、海岸、ポン・デ・アス―カ(砂糖山)も一望です(写真③、写真④)。

ブラジリアでの官庁との交渉、ベロホリゾンテでの資源案件調査、ビトリアでの製鉄所建設状況の把握など、ブラジル各地を訪れました。日本から移民した日系人が当時70万人と聞いていましたが、皆さんのお蔭で日本、日本人への特別な信頼感があることを実感し、私たちのビジネスにも好影響をもたらしていると思います。

 

2019年5月24日 掲載

第75回「海外旅行研究会」例会

第75回例会が、令和元年5月9日(木)DF大会議室にて開催されました。

第1報告は戸田邦男会員による「自然と芸術を訪ねてのオーストリア旅行」で、ご夫婦で訪問地や日程を調整しながら、オーストリアの雄大な大自然を満喫し、著名な美術館で美術鑑賞されるなど、ゆったりと贅沢な旅程の旅をご紹介いただきました。

続いて第2報告は、保坂洋会員による「オランダ 感動の三街歩き」で、アムステルダムとハーレム、デンハーグの三都市を巡り、運河と自転車が交通手段のオランダ人の日常生活をじっくりご紹介していただきました。

以下は両会員からの報告概要です。懇親会は丸の内トラストタワー内のイタリア料理店で開催し、旅のスタイルとワインにこだわる会員の皆さんの活発な談話が続きました。

次回第76回の海外旅行研究会は7月11日(木)を予定しています。どうぞお楽しみに!

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icon「自然と芸術を訪ねてのオーストリア旅行」 戸田 邦男

一昨年の2017年6月16日から7月2日まで17日間、夫婦でオーストリアを旅した。オーストリア訪問は今回2度目となる。前回はハンガリー、チェコ、オーストリアのツアー旅行であり、ウイーンでの自由時間には、クリムトを追いかけての駆け足美術館巡りに終始した。今回はもう一度ゆっくり鑑賞したいとの思いに加え、音楽鑑賞、更にオーストリア・アルプスなど、自然も満喫すべくオーストリア国鉄を使って少し余裕のある自由旅を計画した。

インスブルグ (3泊)を始点に、ザルツブルグ(3泊)、ハルシュタット(2泊)、ウイーン(7泊)と15泊の旅程。

標高2000mを超えるアルプスの山々に囲まれたインスブルクはチロル州の州都、冬季オリンピックが2度も開催された街である。ノルケッチ連峰へとケーブル、ロープウエイを乗り継ぎ山頂へ登る。眼下にインスブルグの清々とした街並みやオリンピックのジャンプ台等の絶景のパノラマをぞんぶんに味わうことができた(写真①)。

次にザルツブルグへ向かう。

「塩の城」という意味の名を持つこの町は周囲の岩塩坑から産出される塩の取引で繁栄を続けてきた。またモーツアルトが生まれた音楽の都としても有名、「ザルツブルグ音楽祭」は世界でも屈指の音楽祭である。今回我々の訪問時期が遅いため鑑賞できなかったが、サウンド・オブ・ミュージックの舞台になったミラベル宮殿でのチェロとピアノのデュオコンサートを聴くことができた。

例会
写真① インスブルグの全景
例会
写真② シャーフベルク山 中央に私の姿が見えます
写真① インスブルグの全景 写真② シャーフベルク山(中央が私)

我々の宿はホーエンザルツブルグ城塞を正面に臨むローマ時代に作られた古い石畳の道沿いに建てられており、悠久の歴史を感じ考え深いものであった。市内からバスと船を乗り継ぎ、シャーフベルク登山鉄道の湖岸駅へ到着する。そこから1893年に完成した歴史ある登山鉄道に乗車して山頂へ。ヴォルフガング湖、モント湖、アッター湖、ダッハシュタインの山々を360度見渡せる迫力あるシャーフベルク山の展望台からの眺望は感動ものだ(写真②)。

ザルツブルグからハルシュタット

例会
写真③ ハルシュタットの街並み
写真③ ハルシュタットの街並み

ハルシュタット湖に姿を映す絵のように美しい街、ハルシュタットは紀元前1,000~500年頃,その裏山に眠っていた豊富な岩塩を求めて移住してきたケルト民族を起原とする。ケーブルカーで山に登り、ひんやりとした世界最古の塩坑を見学する。一部は現在でも操業中ということでたいへん驚く。また反対側に位置する世界遺産の展望橋からの眺望は筆舌に尽くし難い。背後にそびえるグリッペンシュタインへとロープウエイを乗り継いで山頂を目指す。途中氷河に削られた岩肌を眺め、残雪の点在する山道を散策していると突然、羊の大群に囲まれ右往左往していたのも良い思い出となった(写真③)。

最後はウイーンの1週間

ウイーンを拠点に1日目はドナウ川流域で一番美しいといわれるヴァッハウ渓谷のクルージング、2日目はアルプスを越えた最初の鉄道セメリング鉄道に乗車しグラーツへ。セメリング鉄道の特徴は緑豊かな山々の間をいくつもの美しい石つくりの橋やトンネルで越えていくことである。1998年に鉄道としては世界初の世界遺産に登録されている。

残りの5日間は芸術鑑賞

例会
写真④ クリムトの接吻
写真④ クリムトの接吻

ベルヴェデーレ宮殿上宮、アルベティーナ,レオポルド、美術館、美術史博物館、分離派会館セセッシオンでは、クリムト、エゴン・シーレ、フリューゲル、フェルメール、ラファエロ等、数々の大家の作品を見て回わる。クリムトの作品は現在、都美術館で公開中だが、東京でのクリムトとの再会も楽しみだ(写真④)。

また国立オペラ座でのオペラ鑑賞には2日間連続で通った。ウイーンフィルの本拠地楽友協会でのウイーンフィルの定期演奏会を楽しみにしていたが、既に終了していて聴くことができなかった。代わりに若手演奏家による素晴らしいチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲にであえたが念願のウイーンフィルのコンサートは3度目のウイーンにとっておこう。

1週間あっても慌ただしいウイーンであった。

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オランダ 感動の三街歩き 保坂 洋

昨年2018年6月8日から18日までの11日間、オランダ、ベルギーへ夫婦で旅した中で、今回は8日から12日まで過ごしたオランダでのレポートです。

定刻通り成田を飛び発ったのですが、中継地のデュッセルドルフへ着くと、アムステルダム行の飛行機がキャンセルとの報、理由は雷雨のようですが、昨年に続き今年も中継地で一泊することになってしまいました。

翌朝、飛行機の窓から運河を利用して陸地を確保していることが分かるアムステルダムに到着、日本で予約した指定のテスラ社の電気自動車タクシーに乗り、ようやくホテルでくつろぐことが出来ました。

オランダは九州程の面積で、人口1700万人、国土の半分以上が海抜1m以下、1/4が海面以下という水との闘いで有名な国です。

首都のアムステルダムは、5本の馬蹄形運河を中心に、大小165の運河と1300余りの橋があり、整った旧市街の街並、緑の並木、そして運河が織り成す独特の綺麗な風景を求め、沢山の観光客が集まっています。名所も多く、東京駅のモデルになった中央駅、街の起点ダム広場、王宮、アンネの家、ムントタワー、シンゲルの花市、マヘレの跳ね橋、ペギン会修道院、国立美術館、ゴッホ美術館などがありエンジョイできました(写真①)。

 
例会
写真① アムステルダム ムントタワー
例会
写真② アムステルダム 運河での演奏を楽しむ人々
写真① アムステルダム ムントタワー 写真② アムステルダム 運河での演奏を楽しむ人々

土日に当たったので、大変な人混みでしたが、思い思いにのんびりと休日を過ごすオランダの人々のリラックスした姿に日本とは異なるカルチャーを感じました。運河に船を走らせて楽しむ人々もいて、パーティを行い陸地の観光客とエールの交換、ブラスバンド倶楽部と思われる人々はゆっくり走る船で演奏し陸の観光客を観客にして盛り上がるといった具合です。運河沿いには、サンドイッチとPETボトル飲料を手元に置いて、通り過ぎる船を眺めつつ談笑している人々が大勢います。衣服は皆質素です(写真②)。

アムステルダムから電車で15分、ハーレムに足を延ばしてみました。聖バーフォ教会のパイプオルガンが有名です。しかし、観光客は殆どおらず、普通の暮らしぶりが垣間見える静かで整った心暖まる小さな街並でした(写真③)。

 
例会
写真③ ハーレムの街並み
例会
写真④ デンハーグ ビネンホフ
写真③ ハーレムの街並み 写真④ デンハーグ ビネンホフ

デンハーグは、役所など機能が全て揃った事実上の首都と言われています。近代的な街並みと旧い街並みが混在し、郊外に出れば自然が豊かなところです。見所はビネンホフという13世紀に建てられた国会議事堂、騎士の館などが集まった区域です。その一角にフェルメールで有名なマウリッツハイス美術館があります。アムステルダムのようには観光客は多くありませんので、ゆっくりと鑑賞することができました(写真④)。

ここでカルチャーショックを受けたのは、自転車で帰宅するサラリーマン達の姿です。一目散に自宅へ自転車を走らせる姿は、日頃見る大手町のサラリーマン達の帰宅する姿と何と違うことか。皆質素な身なりです。ここでも豊かな生活とは何かを考えさせられる光景でした。

旅する前に、長い欧州駐在経験のある会員から「オランダの料理は不味いですよ」と聞かされていました。庶民的な店を利用しましたが、何処も丁寧な接客で、美味しい料理でした。流通の発達した現在は、改良されているようです。次に、ベルギー ブリュッセルに向かいましたが、そのレポートは後日に取っておきたいと思います。いつかまた。

(山本明男 記)

2019年2月23日 掲載

第74回「海外旅行研究会」例会

第74回例会が、平成31年2月15日(金)DF大会議室にて開催されました。

第1報告は鈴木哲会員による「熱気溢れるハノイ・ショートトリップ」で、若者があふれ日々変貌していくベトナム・ハノイの魅力と世界遺産ハロン湾などをご紹介いただきました。

続いて第2報告は、世話役・山本明男会員による「北極圏への旅:アイスランドとグリーンランドを訪ねて」で、火山・温泉と共存する島国アイスランドと、日本人にはまだ馴染みの少ない極北のフロンティア、グリーンランドの広大な自然とそこに住むイヌイット達の生活ぶりを紹介しました。

以下は両会員からの報告概要です。

次回第75回の海外旅行研究会は5月9日(木)を予定しています。どうぞお楽しみに!

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icon「熱気溢れるハノイ・ショートトリップ」 鈴木 哲

少し日程が空いたので近場に行こうかということで、羽田―ハノイをベトナム航空で、ホテルはシェラトン3連泊を手配。まずは、搭乗後の夕食時に食後のデザートが3回に分けて供されたのに素直に喜ぶ。

ベトナムは1000年に亘る中国支配と19C後半フランス領だった時代の影響が市内各所で感じられる。ハノイは南部に比べて比較的落ち着いた街だが、時期的に春節の直前だったこともあり、彩溢れた春節用品がそこかしこに山積みされてあり、曳き売りや懐かしい天秤棒での商売人が忙しそうに立ち回っていて熱気に沸いていた(写真①、②)。

例会
ハノイ市内 春節の直前で熱気に沸いていた
例会
ハノイ市内 春節の直前で街は熱気に沸いていた
ハノイ市内 春節の直前で街は熱気に沸いていた(写真①)(写真②)

市内観光はホーチミン廟からスタートし、ガラスケース越しに民族的英雄ホーチミン主席の遺体が安置されている(写真③)。近くのホーチミン居住の家はベトナム戦争(1962~1975)終結前の69年に79歳で死ぬまで住んでいた。ネオゴシック様式のハノイ教会からフランスが造った監獄のホアロー収容所では囚人への残虐な扱いに目を背ける。

例会
ホーチミン廟 ホーチミン主席の遺体が安置されている
例会
文廟 孔子廟とも呼ばれ静かな佇まいであった
ホーチミン廟 ホーチミン主席の遺体が安置されている(写真③) 文廟 孔子廟とも呼ばれ静かな佇まいであった 写真④

文廟は孔子廟とも呼ばれ、ベトナム最初の大学の開設や科挙試験合格者82人の名前がそれぞれ刻まれている個別の石碑があり、静かな佇まいであった(写真④)。

一晩は、水上人形劇でコミカルな人形の動きと伝統楽器の音色を楽しんだ。また、ハノイ工科大学(日本の東京工大レベル)の構内を訪れて、暫し将来を背負う学究の徒の姿を眺める時間もありました。

ハロン湾は市内からバスで2時間半の距離があり、バスはかなりのスピードを出して我が物顔で走る。2000の島々、岩が静かな海面に浮かぶ様は幻想的な光景。観光船の食事や寄ってくる漁民の船からも魚介類を調達して味わった。鍾乳洞も幾つかあり、ゆっくりハロン湾を鑑賞したい方には1泊もいいと思われます(写真⑤)。

例会
ハロン湾 岩が静かな海面に浮かぶ様子は幻想的な光景だった
ハロン湾 岩が静かな海面に浮かぶ様子は幻想的な光景だった(写真⑤)

ベトナムは人口9500万人のうち若年層比率が高く、コネ社会。賄賂横行などとも言われているが市内は熱気を感じる勢いがあり、短期間の滞在ではあったが市井の生活を目の当たりに出来た楽しい旅であった。

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北極圏への旅:アイスランドとグリーンランドを訪ねて 山本 明男

2013年2月に旅した南極半島クルーズがきっかけで、次は自分の目で南極と北極との違いを見たいという衝動から、2016年8月、アイスランドとグリーンランドの南半分がセットとなった12日間の北極圏クルーズ旅行に出かけた。

アイスランドは北海道よりやや大きく人口は約33万人、メキシコ湾流の影響で冬も穏やかで、水力・地熱の恩恵により電気代と暖房費はほとんどかからない。火山噴火のリスクはあるが、治安は良く、男女平等率は世界一、アルミ精錬や漁業、金融、観光が盛んで英語が通じ、キャッシュレス社会でもある。首都レイキャビックはこじんまりした街で、洒落たブティックや素敵なレストランがあちこちにあり、古き良き北欧の街を感じさせる(写真①)。

例会
アイスランド 古き良き北欧の街を感じさせる
例会
シングヴェットリル国立公園 ギャオがみられる
アイスランド 古き良き北欧の街を感じさせる(写真①) シングヴェットリル国立公園 ギャオがみられる(写真④)

2日目は首都郊外の「ゴールデンサークル」と呼ばれる大自然の絶景スポットを見て回った。初めに訪れたユネスコ世界遺産のシングヴェットリル国立公園は、現地語でギャオ(裂け目)と呼ばれ、北米プレートとユーラシアプレートのぶつかり合いを地表面で見ることができる。ここは10世紀末に世界最初の民主議会が開催されたことでも有名である(写真②)。

次に訪れたゲイシルは、あちこちに温泉が湧き、間欠泉が散在して日本人にも馴染みのある風景である。3番目に訪れたグルフォス(黄金の滝)は氷河湖を源泉とした欧州最大の水量を誇り、まさに圧巻でした。(写真③)。最後に訪れたブルーラグーンは地熱発電所から出る温水を利用した世界最大の屋外温水プールで、スパー、レストランも充実し、ゆっくりと体を休めることができた。

例会
グルフォス 氷河湖を源泉とした欧州最大の水量を誇る滝 圧巻だった
グルフォス 氷河湖を源泉とした欧州最大の水量を誇る滝 圧巻だった(写真③)

4日目の夕方、レクキャビックの港から小型の耐氷船で出航し、9日間のグリーンランド・クルーズを楽しんだ。途中のデンマーク海峡はしけで船は大揺れし、ほとんど眠れない夜を明かしたが、翌朝グリーンランド沿岸のフィヨルド群に近づくに伴い、波は穏やかになった(写真④、⑤)。

例会
グリーンランド・クルーズの行程
例会
グリーンランドのフィヨルドを航行する耐氷船
グリーンランド・クルーズの行程(写真④) グリーンランドのフィヨルドを航行する耐氷船(写真⑤)

グリーンランドは世界最大の島で面積は日本の6倍弱、氷河に削られた複雑な海岸線の延長さは地球一周分にもなる。大部分が北極圏に属し、国土の8割は厚さ1.5km~3kmの氷床に覆われており、島の中央部は氷床の重みで深く沈んでいる。人口は6万人弱で島の沿岸部に先住民カラリートやイヌイットの居住区が散在している。入り組んだフィヨルド地形のため道路整備は難しく、移動は船と小型飛行機、ヘリコプターに依存している。デンマークの自治領であるが独自の自治政府を持ち、将来デンマークから独立する可能性もある。主な産業は漁業で鯨も食用し、観光にも力を入れている。氷床の下には膨大な石油や鉱物資源を有するが、そのほとんどはまだ未採掘である。

例会
アピラトック フィヨルドの奥の寂しい場所にある
例会
ルーテル派教会の村民達 賛美歌が聴けた
アピラトック フィヨルドの奥の寂しい場所にある(写真⑥) ルーテル派教会の村民達 賛美歌が聴けた(写真⑦)

港湾施設が不備のため接岸できたのは2か所のみ、その他6か所はゾーディアックと呼ばれるゴムボートで直接上陸した。最初に訪れた人口500人余りの村アピラトックは、フィヨルドの奥に位置し、漁業を生計として冬はほとんど孤立してしまう寂しい場所であったが、子供たちは元気に飛び回り、ルーテル派教会では村民達による賛美歌を聴くことができた(写真⑥、⑦)。

次に訪れたナノタリークの小さな魚市場では、朝入荷したばかりの鯨肉がすぐに売り切れてしまった。グリーンランドでは食用として年間200頭余り捕鯨しているそうである(写真⑧)。町を一歩離れると手つかず大自然があり、短い夏に咲く高山植物の花を見ることができた(写真⑨)。途中立ち寄った島では、小さな天然の温泉を体験することができた(写真⑩)。

例会
ナノタリークの魚市場 入荷した鯨肉がすぐ完売する
例会
レクキャビックの港から小型の耐氷船で出航
ナノタリークの魚市場 入荷した鯨肉がすぐ完売する(写真⑧) 町を一歩離れると手つかず大自然がある(写真⑨)
例会
途中立ち寄った島で天然の温泉を体験ができた
途中立ち寄った島で天然の温泉を体験ができた(写真⑩)

かつて狩猟と漁業で自給自足の生計をしていたグリーンランドは、デンマークからの経済支援を得て急速に近代化しつつあり、地球温暖化の影響と外国資本投下などによりさらに変貌しつつある。将来は豊富な地下資源と漁業、観光を柱に、独立国としてのプレゼンスを現すことであろう。10世紀末にヴァイキングが名付けた極北の「グリーンランド」は、いつか本当に「緑の島」となる日がやってくるかもしれない。

(山本明男 記)