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 2018/10/16(No279)

「百の頂に立て思う」

中重 賢治

約四半世紀前の8月、早朝の上高地に降り立つと、空気は凛として清涼である。梓川からの靄の背景には鋭い岩峰が幾重にも聳え、日本屈指の絶景が広がる。アルピニズムの薫り高い穂高連峰への、この日の挑戦が本格的登山のトリガーとなる。

河童橋から小梨平の樹間に分け入り、パノラマコースから涸沢に辿り着く。

満天の星の輝きを目に焼き付け、翌朝は切り立つ山肌が曙光に一瞬輝くモルゲンロートに感嘆する。

北穂高岳から涸沢岳を経て奥穂山荘に向かう細尾根筋で疲労から躓き、右なら岐阜県、左なら長野県に滑落するところ、前につんのめり九死に一生を得る。

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百名山挑戦のトリガーとなった穂高岳(奥穂高山頂)より槍ヶ岳を望む
右北穂高岳から細尾根筋経由左手前涸沢岳へ

前穂高から重太郎新道の下りで、酷使した膝が思うように動かず、苦労して岳沢を経て河童橋に着く頃には、とっぷり日も陰り小雨が本格的な雨に変わる。

山は魅惑的ではあるが危険を伴い耐久性と持続性を要求される過酷なスポーツで、学生時代ラグビー選手だった私には全く不向きであると思う。

此れに懲りず、翌々年仲間に誘われるまま第二の高嶺、北岳に登ることになる。

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薬師岳で粋山会(DF登山同好会)の仲間たちと共に(左から二番目が私)

肩の小屋の下方の大樺沢にガスが湧き出し小さな虹の輪ができる。そこに自分の影が投射されるのに驚嘆する。ドイツのブロッケン地方でよくみられる現象で、西洋では「悪魔の化身」と嫌われ、日本では「御仏の光臨」と喜ばれる。昔、修験者はこれを見て厳しい修行が報いられ仏に導かれていると思ったのであろう。

札幌に移り住んだ後輩の山の仲間が北海道の主要な山を東の知床から西の十勝連峰まで車で案内してくれる。羅臼岳の頂上直下で暴風雨に遭い断念して下山する。私が偶々沖縄を旅行中に通過した台風は関東地区に上陸し、その後北海道を襲う、同じ台風に私は3度巡り遭うとははなはだ奇遇である。

九州の宮之浦を含む6座、中国の大山、四国の石鎚の2座は私の2年先輩が滅法車好で、何時も自分の車をその都度東京から最寄りの港にフェリーで運び、我々が空港に到着すると出迎え願い、現地の山々を案内頂く。効率よく9座を踏破出来、仏のような大先輩に衷心より感謝している。

雨飾山はよく雨が降るらしい、1952年深田久弥は新しい恋人と老舗の山田旅館に宿泊し、登頂を試みるも雨で2度阻まれる。3度目に成功し、先妻と別れてその彼女と再婚を果たす。

2年後輩の登山計画で同じ旅館に投宿し、登頂後下山にかかると私は体調の異変を感じる。翌日の高妻山に登るため、戸隠に車で移動しホテルに入るも、一切食物を受け付けない。高妻山を断念し次の目標の火打山の麓のホテルに移る。余りの高熱の為、県立妙高高原病院に担ぎ込まれ、急性肺炎との診断結果、着の身着のままで即入院。点滴、おまる、病院食、看護師による手厚い介護と、全く環境が一変する。その間彼は帰京せずに私の身の回りの世話をしてくれる。有難き仲間をもって感謝に尽きない。

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2018年7月21日 念願の百名山踏破を達成
大朝日岳山頂にて

気が付くと彼は何時も私の伴走者であり、第一座目も第百座目の大朝日岳も一緒で、同伴登頂の数は30座を超える。

この他、北、中央、南アルプスや関東甲信越、北陸、東北の山々に同行してくれた山の仲間の支援は大変有難く、百の山に百の喜びと思い出を共有している。

山ではよく野生の動物と遭遇する。知床半島には約500頭のヒグマが縄張りを張って棲み分けているそうだ。クマよけスプレーを持参して再挑戦の羅臼岳に入るも、幸い未使用である。知床の海岸の鮭の養殖場辺りで大きなヒグマがよく徘徊している。

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宮之浦岳の鹿 鹿島槍ヶ岳の雷鳥

一番多いのは鹿であろう、体格の大きな蝦夷鹿、小振りの屋久鹿は人懐こく寄ってくる。雷鳥は3000m級の北アルプスのハイマツ帯でよく見かける。昔は人を見るとハイマツの中に逃げ込むのだが、最近は親鳥が雛数羽を連れて平気で山道に出てくる。三俣蓮華岳から槍ヶ岳の穂先を正面に見て縦走中ハイマツから突然数羽の雷鳥が飛び出して来ると、ぽっと顔にあたった雨粒が突然激しい落雷と土砂降りの雨に変わる。びしょ濡れで双六小屋に飛び込み、雷鳥の名の由来を知らされる。

高校生の頃、アルベール・カミユの実存主義にはまる。その著作の「異邦人」「ペスト」等を読みあさり、その後の私の人生に大きな影響を与えたのではなかろうか。中でも感銘を受けたのは短編の「シーシュポスの神話」である。

神々に反抗したための罰として繰り返し永遠に岩を押し上げるという苦役を課せられたシーシュポスこそは不条理の英雄なのだ。

頂上をめがける闘争それだけで、人間の心を満たすのに十分なのだ。

百の頂に立ってもそれは通過点でしかない、今日も重いバックパックを背負い山頂を目がけてよじ登り、また山麓に駆け降りてくる。エンドマーク

なかしげけんじ ディレクトフォース会員(396)
元丸紅 

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